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2016年1月28日 (木)

炎のゆらぎ

我が家では夕食の際に、毎日、テーブルにロウソクを灯しています。

何か特別な日というわけでもないし、部屋の灯りを消すでもありませんが、
食卓に置かれたガラスのキャンドルホルダーに、たいていは
アロマポット用の背の低いシンプルなロウソクを入れて、火を灯します。

一日の終わりに、食事をしながら、ゆらぐロウソクの炎を目にしていると、
なんとなく気持ちが安らいで、ゆったりした気分になります。


ロウソクに限らず、炎のゆらぎには、精神を落ち着かせたり、
気持ちをリラックスさせたりする効果があるようで、
例えば、キャンプの時の焚き火や暖炉の炎などを眺めていると、
気持ちが安らいできた経験がある方もいらっしゃるのではないでしょうか。

そういえば、大阪だったかに店内で焚き火をしているバーがあって、
その炎に癒されるとの評判で人気の店だと聞いたこともあります。

確かに、ゆらぐ炎は、いつまで眺めていても飽きなかったり、
何も考えずにボーッと見つめることが心地よい時間だったりと、
心を癒してくれるものだと感じます。


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最近はこの効果を利用した「キャンドルセラピー」という
リラックス法もあるそうで、ただキャンドルに火を灯して、
そのゆらゆらした炎をじっと見つめるだけ・・・といった
シンプルな療法のようですが、これが、気持ちを落ち着かせたり、
心を癒して不安や不眠を解消したり、緊張をほぐしたりするのに
効果的といわれているようです。


炎のゆらぎがなぜ心地よく感じられるのかという理由に、
「1/fゆらぎ」があげられることがあります。

多くの方がご存知かと思いますが、この「1/fゆらぎ」は、
例えば、小川のせせらぎやそよ風、星の瞬き、蛍の光り方、
穏やかな波の音、人間の心拍の間隔などが持っている
ゆらぎのリズムで、自然界に多く存在するものだそうです。

ただ、「1/fゆらぎ」が人間の心身に与える影響については、
実はまだ立証されていないようで、つまり、そのゆらぎのリズムの
ヒーリング効果は科学的には定かではないということになります。


とはいえ、静かにゆらぐ炎を眺めることによって心が落ち着くと
感じるのは私にとっては事実で、やはり、なんらかの有益な
効果があるのだろうと思います。

大昔から火の側に集ってきた人間の記憶というのも
どこかにあるのかな、なんて考えたりも・・・


日々の暮らしの中で、リラックスしたり、気持ちを穏やかに
落ち着かせたい時などには、ロウソクのやわらかな光に加えて、
気に入ったアロマを香らせたり(アロマキャンドルを使う手も
ありますよね)、好きな音楽を流したりすると、さらに相乗効果が
得られるかもしれません。

ただ、あまりにリラックスしすぎて、ついつい眠り込んでしまっては
危ないので、就寝前にロウソクを灯すのはやめた方がいいですよね。

そんな、ロウソクの炎の癒し効果、
みなさんも試してみてはいかがでしょうか。

*・*・*・*・*・*・*・*・*・*

「キャンドルセラピー」の動画を見つけました。
本物のロウソクの光ほどではありませんが、
静かなBGMとともに、心が落ち着きます。


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2016年1月23日 (土)

笑顔の効能

週末の時間、みなさまいかがお過ごしですか?

リラックスした楽しい時を過ごしている方もいれば、
ちょっと気持ちの晴れない方もいらっしゃるかもしれません。

誰だって日々いろいろなことがあるものだし、
いつも笑顔で・・・というわけにはいきませんよね。

それはもちろんそうだけど・・・


みなさんは「笑顔の効能」について耳にしたことはありますか?


よく、「笑顔は幸せを呼ぶ」とか、有名なことわざでも
「笑う門には福来る」とか言われたりしますが、
これは、科学的にも事実だそうですね。

人は笑う時、口角が上がります。
この表情筋の動きが脳に伝わると、脳内では
神経伝達物質のひとつであるドーパミンが放出されます。

ドーパミンは、快感や多幸感を得たり、意欲を作ったり感じたりするなどの
機能を担う脳内ホルモンなので、その働きが活性化することにより、
幸せな気持ちになったり、楽しく感じられたりするようになるのです。

つまり、「楽しいから笑う」のではなく、「笑うから楽しくなる」という効果。

この働きは、実際の気持ちや感情とは関係なく、
あくまで表情筋の動きに対する脳の反応だそうなので、
「脳が勘違いをしている」状態とも言えるかもしれません。


私自身も、とても笑顔になれる気分ではない時があります。

そんな時は、ひとりになって、
意識して口角を上げて、
せめて形だけでも笑顔になって、
「脳を騙して」みよう・・・と。
いいんです、目が笑ってなくても!


てきめんな効果はすぐに実感できなくても、
あえて笑顔の表情を作ることによって、
脳はポジティブな状態になっていく。
その結果、気持ちも前向きになっていく。

そんなサイクルを作ることができれば、
まさに、「笑う門には福来る」ですね。


みなさん、悲しい時、苦しい時にも、
ちょっとだけ無理してでも、笑ってみましょうよ。


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知り合いから以前送っていただいた
「冨久椿(ふくつばき)」

松山にある椿神社という神社のお守りだそうですが、
その可愛い笑顔に気持ちが和みます。

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2016年1月20日 (水)

古井戸に落ちたロバ

“Au Petit Matin”へ再びご訪問いただき、ありがとうございます。

今日は1冊の絵本のお話です。

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「古井戸に落ちたロバ」


シンプルな絵と言葉が綴られた30ページあまりの、
時間にしてほんの数分もあれば読めるような、
短い物語です。

表紙には「インディアンのティーチングストーリー」とあって、
アメリカンインディアンに古くから伝わる話を
絵本にしたものだそう。


最初のページには、「ティーチングストーリーとは、
生きることを、教えるはなし。」と書かれていますが、
この絵本は、よくある寓話やたとえ話のように、
ためになる教訓や、何かひとつの正しい答えを
教えてくれるものではないようです。

人によって、また、たとえ同じ人であっても、
読む時期やその時の状況によって、感じ方が違う、
その時の自分の心の有り様を映す鏡のような、
そんな物語だと感じました。


さて、前置きが長くなりましたが、
どんなお話なのかといいますと・・・

1


ある時、年寄りのロバが、インディアンのじいさまに
連れられて荷物を運んでいたところ、誤って
使われていない古井戸に落ちてしまいました。

ロバが必死で這い上がろうとしても、
じいさまが何とか助けてやろうといっしょうけんめいに
考えても、古井戸はとても深く、どうにもなりません。


「たとえ大がかりなことをして助けても、
もう年寄りのロバは長くは働けない・・・
そして、古井戸をこのままにしておけば、
次に落ちるのは子どもたちかもしれない・・・」

そう考えたじいさまは、涙をのんで、
古井戸をロバごと埋めてしまうことに決めたのでした。

じいさまに頼まれた一族のものたちが井戸を埋め始めると、
穴の中からは、ロバの悲壮な鳴き声が響いてきます。

しばらくして、ロバの鳴き声が止み、古井戸が半分ほど
埋まった頃、じいさまは中を覗き込む決心をしました。


そして、古井戸の中を見たじいさまは驚きます。
なんと、ロバは井戸の中で生きていたのでした。


物語はここから、ロバの視点での描写が始まります。


古井戸に落ちた時、ロバは痛くて怖くてたまらず、
助けを求めて泣き続けました。

やがて、人の声が聞こえ、ホッとしたのもつかの間、
今度は突然、上から土が降ってきたのです。

ロバは泣きわめきながら暴れますが、そのうち疲れ果て、
暴れるのをやめた時、気づきました。

自分の体の上には、ほとんど土がつもっていないということに。

それから、ロバは、土が降りかかるたびに体を震わせて払い落とし、
足元のその土を踏み固め続け、少しずつ、少しずつ、
深い穴を登っていったのでした。


ロバが生きていることを知ったじいさまたちは、
夜通し古井戸に土を入れ続け、やがて、夜が明けるころ、
ロバは、やっと井戸から出ることができました。

2



井戸から出たロバはそのままゆっくり歩きだし、
「一度も振り返ることはなかった」

・・・と、物語は締めくくられています。


この物語が言いたいこと、伝えたいことは、
きっと一つではありません。
どう解釈するべきか、何が正しいか、に正解はないのでしょう。


去って行ったロバ
その後姿を、黙って見送ったじいさま

それぞれの心の中はどんなふうだったのか・・・

そんなふうに思いをはせて、感じることや答えは、
自分で見つければよいのでしょう。


私のまわりでも、この物語から感じたことは本当に人さまざまで、
それぞれの感想を伝え合うのも、また興味深いものでした。

そしてそれは、「生きる」とはどういうことなのか、という問いへの
それぞれのヒントや答えのようなものなのかもしれません。


絵本の物語を言葉で書き記しただけでは、
あまりうまく伝わらないかもしれませんが、
みなさんはどのように感じられたでしょうか。

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2016年1月17日 (日)

“Au Petit Matin” へようこそ

今日からスタートしたこのブログへお越しくださったみなさま、
ご訪問ありがとうございます。

ブログ名の“Au Petit Matin”(オ・プティ・マタン)は、
フランス語で「夜明けに」という意味です。


日々、いろんなことがありますね。
うれしいことも、悲しいことも、
いいことも、そうでないことも・・・

だけど、毎日時間は巡って、朝はやって来ます。
雨の日も、晴れの日も、嵐の日も、穏やかな日も、
毎日、どんな日でも、必ず、同じように
夜が明けて、日が昇って、また新しい一日が始まって・・・


夜明けが、新たな希望をもたらしてくれるように、
新しい日の光が、心を解放して、新たな可能性を信じる力を
取り戻してくれるように・・・

そんな気持ちを心から込めて、そう名付けました。


幸せを感じるのは自分の心次第・・・
そう頭ではわかっていても、私は
わずかな人生の波にすらのまれそうになったり、
大雨の中でもうこれ以上歩けないとくじけそうになったり、
この嵐は乗り越えられないとあきらめそうになったり、
そんな弱い人間なので、

「夜明けに」と名付けたこの場所で、
日々の幸せをていねいに見つけて
自分の人生を楽しんで生きることができるような、
強く、やわらかく、しなやかな心が持てるように、
心に浮かんだ小さな工夫や出来事を整理して、
まずは、自分自身のために書き綴っていきたい・・・
・・・と、そんなふうに思って、このブログを始めることにしました。


そして、もうひとつの大きな願いは、この場所を通じて、
さまざまな人たちと交流が持てれば、ということ。

これから、ここを訪れてくれる方たちと、
お互いの力を分かち合って
一緒に幸せな気持ちになれるような、
そんな温かいお付き合いができれば、
これ以上うれしいことはありません。


ブログにあまり時間もとれないもので、
マイペースの更新になるとは思いますが、
私自身にも、また、訪れてくださる方々にとっても、
心が安らぐ、穏やかな場所になることを願って。

これからどうぞよろしくお願いします。

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