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2016年3月27日 (日)

Chin up and Be happy!

"NO MUSIC, NO LIFE"

タワーレコードのキャッチフレーズじゃないけれど、
心からそう思うほど、音楽が大好きです。

TVのない我が家では、夕食の際はいつも音楽をかけていて、
選曲も、その日の気分によって、ジャズからクラシック、
ロックやワールドミュージック、各国の伝統音楽など
本当にさまざまです。

また、休日に家でのんびりと過ごす時間にも、
家事をしている最中にも、何かの音楽が流れています。

その時々の気持ちに沿った音楽を聴くことは、
楽しみであり、癒しであり、時には慰めにもなりますね。


今日は、そんな中から、私にとって元気をくれる音楽を
2曲ばかり紹介させていただきたいと思います。


まず1曲目は、1995年にリリースされたアルバム、
アラニス・モリセット(Alanis Morissette)の
『jagged little pill (ジャグド・リトル・ピル)』から、
〝Hand in My Pocket〟

1_2


1995年というと、もう20年以上も前になるのですね。

そんな昔のアルバムですが、大好きな曲がたくさん詰まっていて、
いまだに手元にあります。


Alanis Morissette - Hand In My Pocket

まだとても若かった当時の私ですが、この曲の歌詞を聴くと、
いつも自然体でポジティブな気持ちになれました。

久しぶりに聞き返してみても、やっぱり元気がでますね。

人生いろんなことがあっても、
"everything's gonna be quite alright !"

そう思って、歩いて行きたいです。


(以下、我流ですが、歌詞を訳してみました)

 Hand In My Pocket

  私は文無しだけど、幸せ
  貧乏だけど、親切
  チビだけど、健康
  ハイになってるけど、地に足はついてる
  分別はあるけど、困惑してる
  迷ってるけど、希望は持ってる

  結局のところ
  すべてはうまくいくだろうってこと
  だって私の片手はポケットに突っ込んで
  もう片方の手でハイタッチ(high-five)してるんだから

  酔っぱらった気分だけど、シラフ
  若くて、安月給で
  疲れてるけど、働いてる
  気にはかかるけど、落ち着かない
  ここにいるけど、ほんとはどこかへ行くわ
  私が間違ってるし、悪いって思ってる

  結局のところは
  何でも結構大丈夫なのよ
  だって片方の手はポケットに突っ込んで
  もう片方の手で煙草をはじいてるんだもの

  結局のところ
  私はまだすべてをわかってはないってこと
  だって片方の手はポケットに突っ込んで
  もう片方の手でピース・サインをしてるんだもの

  私は自由だけど、集中してる
  未熟だけど、分別はある
  きついけど、フレンドリー
  悲しいけど、笑ってる
  勇気はあるけど、臆病
  元気はないけど、可愛いわ

  要するに、どういうことかっていうと
  ほんとは、まだ誰も何もわかってないってこと
  片方の手はポケットに突っ込んで
  もう片方の手でピアノを弾いてるんだから

  ねえ、みんな
  結局のところはね
  すべてはうまくいってる、大丈夫ってことなのよ
  だって片方の手はポケットに突っ込んで
  もう片方の手でタクシーを呼んでるんだもの


*・*・*・*・*・*・*・*・*・*


2曲目は、私の好きなフランスの歌手、ZAZ(ザーズ)の
アルバム『Recto Verso』から、"ON IRA"


Zaz


「ON IRA」は、フランス語で「行こう」という意味。

世界のあちこちの場所で、たくさんの人たちと出会い、
運命が交差するようなイメージを描かせてくれる歌詞
(言葉遊びになっている部分も多くて、訳が難しいようですが)と
アップテンポな曲調は、

とにかく、外へ出て行こう、出て行こうとする私の気質を
刺激するのか、大きな世界を心の中に広げてくれて、
とても元気がでます。

ZAZ - ON IRA



 (歌詞日本語訳)

  マンハッタンの街角にハーレムを聞きに行こう
  アンマンの市場にお茶を赤く染めに行こう
  セネガルの河の流れの中を泳ぎに行こう
  それから、ベンガルの火の下の燃えるボンベイを見よう

  京都で空をひっかきに行こう
  ジャネイロ(1月)の中心でリオ(川)の鼓動を感じに行こう
  システィーナ礼拝堂の天井を見上げたら
  カフェ・プーシキンで乾杯しよう

  (※)ああ、なんてラッキーなの
  人間の無数の色合い
  私達の違いをごちゃ混ぜにして
  運命は交差する

  あなたは星 私たちは宇宙
  あなたは砂の粒 私たちは砂漠
  あなたは千のページで 私は羽ペン
  Oh, oh, oh, oh ! Oh, oh, oh, oh !

  あなたは水平線で 私たちは海
  あなたは四季で 私たちは大地
  あなたは浜辺で 私は波の泡
  Oh, oh, oh, oh ! Oh, oh, oh, oh !(※)

  詩人は旗を掲げないと言うでしょう
  英雄の数だけ祝日を作るでしょう
  子供たちは魂の番人で
  女性の数だけ女王がいることを知るでしょう

  出会いは最高の旅だって言うでしょう
  分かち合えるものこそが手にしていいもの
  異国の音楽の歌声が聞こえてくる
  そして、それがよりよいものを与えてくれる

  (※)Refrain

*・*・*・*・*・*・*・*・*・*


他にも元気のでる曲はいろいろあるけれど、
今日は、私にとって "Chin up and Be happy !"
(元気を出して、ハッピーに!)なれる曲を2曲、
紹介させていただきました。



さて、最後にお願い!

みなさんにとって、「元気のでる曲」、「前向きな気持ちに
なれる曲」、「幸せな気分になる曲」はありますか?

あれば、ぜひ教えてくださいね。

さっそく聴かせていただいて、次回の記事で
ご紹介させていただきたいと思います。

ここを訪れてくれる方々と、音楽を通じて、
元気とポジティブな気分を共有できたら幸せです。

どうぞよろしくお願いします♪

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2016年3月16日 (水)

夜、考えない

何か悩み事や心に引っ掛かることがある時、

夜ベッドに入っても、なかなか寝付けなくて、
つい、いろいろと考えてしまうこと、ありませんか。

目を閉じてじっとしていても、
いろいろな考えや思いが心に浮かんできて、
結局、よく眠れない夜を過ごすことになったり・・・



私自身、そんな経験がないわけではありませんが、
できるかぎり心がけているのは、
「夜、考えない」ということ。


もちろん、頭でわかっていても、
渦中に気持ちがある時には、
なかなか難しいことかもしれません。

「そんなこと言ったって、眠れない時は眠れないんだよ」
そう思う方もいっらっしゃるかもしれません。

不眠などで悩まされている場合は、その解決策も大切でしょう。

眠る工夫にしても人それぞれで、方法も効果もさまざまでしょう。



それでもやっぱり、結局のところ思い至ったのは、
「大切なことは、夜考えるべきではない」、ということです。



ずっと以前、何かのインタビューかで、
イチローが、こんな話をしていました。

  「寝ないで考える」ってよく言うけれど、寝なきゃダメ。

  「オレ、寝ないで考えたんだけど、やっぱりこうなった・・・」
  とか言ってくる人もいるけど、その決断は受け入れられない。

  なぜなら、“寝なかったら、思考が働かないから”

  大事な決断をする時は、いつもよりしっかり寝て、
  真昼間に決断すること。

  しっかり寝てから考えて決断したんだったら信じるけれど、
  寝ないで考えたんだったら、受け入れられないな、と。


この話を聞いて、「ああ本当にそうだ!」と思いました。
私も同じ考えです。


そもそも、暗闇の中、布団の中でじっとして、
あれこれ思いを巡らせていると、
なかなか前向きな気持ちは湧いてきません。

男と女にしても、ベッドの中でネガティブな話をすると、
たぶん、結果として、ろくなことにならない。

悩み事や気がかりで眠れないからといって、
あれこれ夜に考えて、しっかり眠らないでいると、
その負のサイクルによって、問題は余計に
解決から遠のいてしまうかもしれません。



何かが変わったり解決したわけではないのに、
朝パッと目が覚めた時に、気持ちが前向きになっていたり、
考えがひらめいたり浮かんだりすることも、あります。

そんなメッセージは、正しいものだと聞いたこともあります。


できるだけ、「夜、考えない」

そして、「大切なことは、昼間に考える」


言葉にすると簡単ですが、
実際の行動も、そうなっていくように
思考として常に意識することも大切だな、と
そんなふうに思っています。



1

ベランダの花かんざしのつぼみが次々に咲き始めました♪

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2016年3月11日 (金)

生きること

以前、別のブログを書いていた頃、
東日本大震災が起こりました。

被災地から遠く離れた場所にいながらも、
あまりの惨状に、書き記す言葉を失いました。


その年は、私自身にも変化がありました。

身近な人が死線をさまよい、
「生きる」ということについて、
何度も考えさせられました。


そんな中で、震災からちょうど1年後にあたる
2012年の3月11日、ヴィクトール・E・フランクルの
「夜と霧」の中の言葉を引いた記事を書きました。

その言葉を、今日ここにもう一度、
記させていただきたいと思います。


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  ここで必要なのは生命の意味についての問いの
  観点変更なのである。
  すなわち人生から何をわれわれはまだ期待できるかが
  問題なのではなくて、むしろ人生が何をわれわれから
  期待しているかが問題なのである。


  われわれが人生の意味を問うのではなくて、

  われわれ自身が問われた者として体験されるのである。


  人生というのは結局、人生の意味の問題に正しく答えること、

  人生が各人に課する使命を果すこと、
日々の務めを
  行うことにほかならない。

  具体的な運命が人間を苦しめるなら、人はこの苦しみを
  責務と、たった一度だけ課される責務としなければ
  ならないだろう。

  人間は苦しみと向き合い、この苦しみに満ちた運命とともに
  全宇宙にたった一度、そしてふたつとないあり方で存在して
  いるのだという意識にまで到達しなければならない。

  だれもその人から苦しみを取り除くことはできない。
  だれもその人の身代りになって苦しみをとことん
  苦しむことはできない。
  この運命を引き当てたその人自身がこの苦しみを
  引き受けることに、ふたつとないなにかを成し遂げる
  たった一度の可能性はあるのだ 

       ----------------------------



たとえ分かち合うことができたとしても、
人の悲しみを、だれも、その人の代わりとなって
本当に悲しむことはできません。

人の苦しみを苦しむこともできません。



何のために生まれてきたのか、
そして、何のために生きるのか・・・

その意味や目的を考えるということは、
人間の永遠のテーマかもしれないし、

人生で何かを達成するとか、何かを残すとか、
だれかのためになるような人生を送るとか、
もちろん、それはそれで、とても意味のあることなのでしょう。


けれど、いろいろな考えを経て、
結局のところ今、私が思うのは、
生まれてきたのは、ただ、生きるため。

そして、生きる目的とは、命が尽きるその日まで、
とにかく、ただただ、生き抜くこと。

それが、最大の、そして最終の、
人生の目的ではないかと。

そんなふうに、シンプルに考えるようになりました。



ヴィクトール・E・フランクル
の言葉のように、
「人生というのは結局、人生の意味の問題に
正しく答えること」であるならば、


生きるということはつまり、その問いに答えていく、
我々の義務なのでしょうか。



さまざまな困難を抱えていても、
圧倒的な絶望の中にいても、
どんなに前へ進んでいくことが苦しくても、

今日、命があるのは、明日も生きなさいと
言われていることだから、

その大切な責務を果たしていくことが、
生きるということなのでしょう。



私も、そして私の側にいる人間も、
必死で今日を生きています。


今日、ここに命のある人たちすべて、
明日も、生きていきましょう。



LeAnn Rimes(リアン・ライムス)の「Amazing Grace」

祈りのようなアカペラが心に響きます。




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2016年3月 8日 (火)

ミモザの日

先日、近所の花屋さんでミモザの花を見つけ、
さっそく買って帰りました。


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鮮やかな黄色のふわふわとした可愛らしいミモザの花は、
春の訪れを告げるようで、大好きです。


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(先の方はまだ固いつぼみ。これから咲きますね♪)


ところで、つい最近知ったのですが、
今日、3月8日は「ミモザの日」だそうですね。

3月8日といえば国際連合が定めた「国際女性デー」ですが、
それに関連して、近年は女性に感謝する日にもなっているようで、

イタリアでは、この日を「Festa della Donna(フェスタ・デラ・ドンナ/
女性のお祭り)」と呼んで、男性が、女性へ感謝をこめて、
この季節に咲くミモザの花を送るのだとか。

送る相手は、恋人や妻はもちろん、母親や祖母、友人、
同僚など、女性であれば誰でも・・・と、さまざま。

そんなことから、3月8日が「ミモザの日」と
呼ばれるようになったようです。


イタリアの隣、南フランスのプロヴァンス地方や
コートダジュールでも、ミモザは春を告げる花と
されていています。

南仏のボレム・デ・ミモザ(Bormes les Mimosas)という村から
地中海沿いの街を通って香水の街グラースに至る約130kmの道は、
ミモザ街道(Route du Mimosa)と呼ばれていて、早春の2月頃には
あちこちでミモザ祭り(Fête de Mimosa)が開催されます。


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ところで、花より団子・・・ではないけれど、

「ミモザ」の名のつく食べ物・飲み物といえば、
「ミモザサラダ」やカクテルの「ミモザ」が浮かびます。

細かく刻んだゆで卵を鮮やかな緑の葉っぱの上に散らした
サラダは、本当にミモザの花のようです。

シャンパンにフレッシュオレンジジュースを加えた
カクテルも、とてもおいしいですね。


せっかくのミモザの日だから(?)と、
シャンパンではないけれど、家にあったスパークリング
ワインとダブルマーコットで、ミモザを作りました。


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フレッシュで飲みやすくて、何杯でもいけそうです。
(飲み過ぎ注意・・・ ^^; )

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2016年3月 6日 (日)

春とウグイス

3月に入ってもまだまだ寒いと思っていたら、
昨日あたりから、ずいぶん暖かくなってきましたね。

春も、もうすぐ。


今朝は、ウグイスの鳴き声が聞こえてきて、
「近くで鳴いてる!」・・・と、目が覚めました。


「春告鳥」の別名を持つウグイスですが、
早春のこの季節、最初は不器用にさえずっていた声が、
だんだん上手になってくるのを聞くのも楽しみです。


ウグイスといえば、「梅にウグイス」のイメージが強かったのですが、
実際のウグイスは、あまり梅の木には止まらないそうですね。

彼らは警戒心が強くて、低い藪の中にいることが多く、
あまり姿を見せないのだとか。


1

(ウグイス)


梅の木によく止まっているメジロと混同されたようです。

こちらがメジロ。

2


確かに、目の周りの白い鳥でメジロですが、
ウグイスが鶯色でなくて、メジロが鶯色とは、ややこしい・・・



早春のこの季節、いつも思い出す言葉があります。

フィンランドの作家、トーベ・ヤンソンの
「たのしいムーミン一家」(1948年出版)の一節。

『その年、はじめて見たちょうが黄色なら、
その夏は素晴らしい夏になるし、
はじめて見たのが白いちょうなら、
その年の夏はおだやかなんです。』 (山室 静 訳)

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物語の中で、ムーミンたちは見たこともない金色の蝶を見かけ、
「金色なら、黄色よりもっとすばらしい夏になる」と話します。


今年最初に目にする蝶は何色かな・・・と思うのも、
春の楽しみのひとつです。


みなさまの春も素晴らしいものになりますように。

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2016年3月 3日 (木)

ひな祭り

今日は「ひな祭り」ですね。

きれいな雛人形を飾っているお家も多いことでしょう。

私も、かさばる雛人形は実家に置いたままですが、
せめて季節を感じられるようにと、小さな小さな
おもちゃのような親王飾りだけをいくつか
棚の上などに飾っています。

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こちらは、昔知人からいただいた、紙で出来たお雛さま。



ひな祭りにちなんで、
お雛さまではありませんが、きれいな人形の写真を・・・

ずいぶん前に訪れた、京都の風俗博物館の人形たちです。


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西本願寺の近くにある「井筒」という法衣の会社の私設博物館で、
ビルのワンフロアに、源氏物語に登場する光源氏の邸宅である
六条院の春の御殿が、4分の1のサイズで再現されていました。


御殿の中には、源氏物語のさまざまな場面を忠実に再現した
人形や調度品が飾られています。
 

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案内の方の説明によると、建物や調度品、人形の着物などは
本物と同じ素材を使って作られているそうで、例えば
襖絵なども、それを専門とする方の手によるとのこと。

細部まで精巧に作りこまれた室内と、上質感の伝わってくる
人形には、思わず、じっと見入ってしまいました。


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ますます仕事が忙しいこの頃ですが、
今日は少し早めに帰宅して、ちらし寿司と
はまぐりのお吸い物でも作りたいな、と思っています。


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