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2017年2月 2日 (木)

『この世界の片隅に』

前回の記事を書いてから、はや2か月。

「今年もどうもありがとうございました」も
「本年もどうぞよろしく」も言わないうちに、
1月が過ぎ、あっという間に2月になりました。


ずいぶんとご無沙汰しておりましたが、
みなさま、お元気でお過ごしでしょうか。



数か月ぶりの今日は、少し前に見た映画のお話を
させていただきたいと思います。

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『この世界の片隅に』

いろいろと話題になっているこの映画、
もうご覧になった方もいらっしゃるかもしれませんし、
原作となった、こうの史代さんの漫画を読んだことのある方も
いらっしゃるかもしれませんね。

私は、映画鑑賞後に原作を買って読み、
その後、再び映画を見ました。


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本当に久し振りに、映画館へ2度足を運んだ作品です。

終わった後、まさにスタンディングオベーションしたくなるような
映画でしたが、その気持ちとは裏腹に、何とも言えない余韻に
圧倒され、放心したような感覚で、ただ、座席に座ったままでした。


通常は、エンドロールが始まるとすぐ座席を立ち去る人が
出始めるものですが、私が見た映画館では、エンドロールが終わるまで、
席を立とうとする人はほとんどいませんでした。

私と同じような気持ちを感じた人が、きっと幾人もいたのでしょうか。




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この映画は、昭和19年、18歳で広島から呉へと嫁いできた「すず」の物語です。


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戦時下のさまざまなものが不足する中で、創意工夫を凝らして
日々の食卓を作り、明るく前向きに暮らす「すず」たちですが、
日本海軍の拠点である呉の街は、やがて、たびたびの空襲に
みまわれるようになり、彼らの日常生活も変わってゆき・・・

・・・と、簡単なあらすじ風に書くと、
「戦争の悲惨さ」や「平和の尊さ」を伝えることに重きを置いた
いわゆる戦争(反戦)映画のように聞こえますね。


もちろん、映画を見た多くの人の中には、
「反戦を叫ばない反戦映画」という言葉で表現したり、
「平凡な生活が壊されていく戦争の悲劇を二度と繰り返しては
いけないと思った」といったような感想を持っている方もいらっしゃるので、
それはそれで、もちろん間違いではないと思うのです。


ただ、私がこの映画に感じた「胸に染み入るような感覚」は、
そこから来たものとは、少し違うような気がしました。



「素晴らしい映画だった」・・・と、文句なしに思うのに、
じゃあ、どこがどう素晴らしいのか、何にこんなにも心を動かされたのか
・・・と考えると、はっきりそれを掴みきれず、もやもやと考えがまとまらない。
うまく言葉にできない。

そんな映画は、これまであまり経験がありませんでした。



例えば、世間では、この映画の「戦争の時代を生きた人々の暮らしを
丁寧に描いたリアリティー」を評価する声もたくさんあるようです。

確かに、戦争を知らない私にも、戦地における特別な一面を
切り取った物語ではなく、強い反戦のイデオロギー色もない、
「すずさん」という一人の女性の生活を描いたこの作品は、
その時代をより身近に感じさせてくれました。


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戦時下にありながらもユーモアを交えつつ描かれる庶民の日常からは
「普通の人々」の暮らしぶりが生き生きと伝わってきたし、
地道で綿密な調査をもとに忠実に再現された当時の広島と呉の町並みや
対空砲火の煙や空襲などの軍事的描写もとてもリアルでした。



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そんなふうな、細やかに描かれたさまざまな場面や、
当時の人々の息遣いが伝わってくるようなリアリティーも
この映画の大きな魅力のひとつでしたが、

改めて考えてみると、私がいちばん惹かれたのは、
この物語の中に流れる「生きること」に対する思いだったような気がします。



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印象深い言葉が、この映画の中には、いくつもありました。



すずの幼馴染で、海軍に入隊し軍艦「青葉」の乗組員となった哲は、
停泊中に入浴と一夜の宿を求めて北條家(すずの婚家)を訪れた際、
すずが、炊事をし、風呂を焚き、日々の家事をこなすのを見て、
また、“当たり前”のことで“当たり前”に怒るのを聞いて、言います。

「すずは、普通じゃのぉ・・・」

「お前だけは、最後まで、この世界で普通で、まともでおってくれ」



その気持ちは、原作の中では、もっと多くの言葉で、語られていました。

 「ヘマもないのに叩かれたり、手柄もないのにヘイコラされたりする
  わしはどこで人間の当たり前から外されたんじゃろう

  ずっと考えよった

  じゃけえ すずが普通で安心した

  すずがここで家を守るんも、わしが青葉で国を守るんも、
  同じだけ当たり前の営みじゃ

  そう思うて ずっとこの世界で普通で・・・
  まともで居ってくれ

  わしが死んでも、一緒くたに英霊にして拝まんでくれ
  笑うてわしを思い出してくれ・・・

  それが出来んようなら、忘れてくれ」


普通でいること、日々の営みを当たり前に築いて生きていくこと、
そんな「普通」を、限りなく困難なものにしてしまうのが戦争なのでしょう。


「普通」が「普通」でなくなっていく時代の中で、

すずの夫である周作の母親は、息子たちが子供の頃に
夫や周りの人たちが解雇された時のことを振り返り、
こう言います。

 「大ごとじゃったよ。
  大ごとじゃ思うとった・・・ あの頃は

  大ごとじゃ思えた頃が なつかしいわ」



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この物語の中の人々が触れるのは、戦争についての
直接的な思いだけではありません。

主人公のすずをはじめ、彼らはみな、それぞれが生きた時代の一部に
たまたま戦争があったというだけです。

だからすべてが不幸であるとか、反対に、戦争がなければ
完全に幸福だったか、というと、それはどちらも違う気がします。

「戦争」のない時代にも、人は人生のさまざまな悲しみや苦しさを
かかえて生きていることには、変わりがないのではないでしょうか。



 「過ぎたこと、選ばんかった道。みな醒めた夢と変わりやせんな」

これは、周作の言葉です。
彼には彼の、「選ばなかった道」がありました。


周作の姉の径子は、好いた夫に早くに死なれ、二人で営んだ時計店は
建物疎開で壊され、折り合いの悪かった婚家の両親に引き取られた
息子とも会えなくなりますが、「ほいでもふしあわせとは違う。
自分で選んだ道じゃけえね」と言います。



自分で選んだ道も、選べなかった道も、
過去と現在を受け入れて、ただ前に進む・・・

この映画が描く、そんな「普通」の人々の強さに、
生きることへの向き合い方に、
私は心を打たれたのかもしれません。


広島に原爆が落とされ、実家の家族とも連絡が取れない状況の中、
急いで広島へ救援に向かおうとする呉の人々を見て、
すずはこうつぶやきました。

 「うちも強うなりたいよ。優しゅう、しぶとうなりたいよ。
  この町の人らみたいに・・・」

強くなりたい。優しく、しぶとくなりたい・・・

私も、そう思います。


*・゜゜・*:.。..。.:*・*:゜・*:.。. .。.:*・゜゜・**・゜゜・*:.。..。.:*・*:゜・*:.。


そして、迎えた終戦の日。


自分でも言うように「ぼーっとした」ところのある、おっとり、のんびりした、
穏やかな女性だったすずは、玉音放送で終戦を知り、諦めのような
言葉を口にする周囲の人々に反して、感情を爆発させます。


 「そんなん覚悟の上じゃないんかね?
  最後のひとりまで戦うんじゃなかったんかね?」

 「いまここへまだ五人も居るのに!
  まだ左手も両足も残っとるのに!」

 「うちはこんなん納得できん!」


戦争に勝つこともなく、最後のひとりまで戦って玉砕することもなく、
突然に終わった戦争の日々。

ずっと信じてきたものに裏切られ、そのために戦ってきたもの、
犠牲を耐えていたものが、幻想のように崩れ去って行ったことに対する
怒りとくやしさ、喪失感や虚無感。


一人外へと走り出て、畑に突っ伏して慟哭しながら、

「何も知らず、ぼーっとしたうちのまま 死にたかったなあ・・・」

と思うすずの心の中は、そんな思いでいっぱいだったのでしょう。

*・゜゜・*:.。..。.:*・*:゜・*:.。. .。.:*・゜゜・**・゜゜・*:.。..。.:*・*:゜・*:.。



何も知らず、ぼーっとして、笑っていられたら、信じ続けていられたら、
人生はどれだけ楽なことでしょう。

だけど、現実では、誰もがずっと笑ったまま、何も知らないままで、
人生を終えることはできません。


この物語の中で、すずはいろいろな「知りたくなかったこと」に出会い、
「大切なもの」を失っていきます。

大切な人やものを失う悲しみ、信じていたものが崩れていく喪失感と絶望。
それが大きければ大きいほど、心の中に生じる歪み・・・

それでもやがて、それらを受け入れ、自分の中で折り合い、
生きていく強さを取り戻します。



困難な時代を、人生の不幸や悲しみを、どうすれば人は受け入れて、
折り合って、また前を向いて生きていけるのか・・・

戦争が終わり、新しい時代へと向かっていく呉の街を
隣人と一緒に歩きながら、すずはこう言いました。

 「生きとろうが 死んどろうが
  もう会えん人がおって ものがあって
  うちしか持っとらん それの記憶がある
  うちはその記憶の器として
  この世界に在り続けるしかないんですよね」

それは、私が抱いた疑問への、ひとつの答えなのかもしれません。



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原爆で焦土と化した広島の街は、
「みんなが誰かを亡くして みんなが誰かを探している」場所でした。

物語の終盤、そんな場所で、すずと周作は一人の孤児に出会います。


子供に恵まれず、あの日、広島に帰らなかったすずと、
原爆投下後の広島の街を瀕死の重傷を負いながら
娘の手を引いて歩いた右手を失った女性・・・

それはどこか、選んだ「道」と、選ばなかった「道」の
パラレルワールドのような気もしました。

そして、広い世界の中、偶然にその道が重なり合ったところで、
すずと孤児の女の子は、出会ったのかもしれません。




 「周作さん、ありがとう
  この世界の片隅にうちを見つけてくれて」

そう言うすずの言葉は、孤児となった女の子の言葉でもあり、
そして、何かを失いながら、自分が進む道の中で
出会い、お互いの中に「居場所」を見つけ出した人々の
言葉でもあるような気がしました。



映画の最後、広島で出会った女の子を連れて列車に乗り、
呉の街へと帰ったすずと周作の目の前には、
呉を守る九つの山の嶺が広がり、
山腹の家々に灯る明かりが輝きます。


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その光のひとつひとつには人々の暮らしがあり、
居場所があるのでしょう。



片渕須直監督は、この映画を、「『居場所』の物語」と呼んでいました。


 「誰でも何かが足らんくらいで、この世界に居場所は
  そうそう無うなりゃせんよ」

すずが偶然出会った遊郭で働く女性、りんは、そう言いました。



あの時代、呉の山腹にある一軒家で、
すずとその家族は、お互いをそれぞれの「居場所」として、
そこに生きる場所を見つけて、ひたすらに生き抜きました。

その連綿とした命の繋がりが、
今の私たちへと続いているのでしょう。




生きるということは、道を選び、居場所を見つけ、「普通に」生き抜くこと。


誰かが誰かを必要として、 誰かが誰かの居場所になって、

そうして、人は人生の希望を見つけながら、
この世界の片隅で、生きているんだな・・・と、

生きるということは、この上なく素晴らしく、哀しく、複雑で、そして単純で・・・

その美しさと希望に、私は心を動かされた気がするのです。




まぎれもない傑作です。

そう言える、とても良質な物語でした。



*・゜゜・*:.。..。.:*・*:゜・*:.。. .。.:*・゜゜・**・゜゜・*:.。..。.:*・*:゜・*:.。



とりとめもない文章を書き綴るうちに、
すっかり長くなってしまいました。

ここまで付き合ってくださった方、
本当にありがとうございます。


最後に、もうひとつだけ、
原作の中のすずさんの独白から、
心に残った言葉を・・・


 「わたしのこの世界で出会ったすべては

  わたしの笑うまなじりに

  涙する鼻の奥に

  寄せる眉間に

  ふり仰ぐ頸(くび)に

  宿っている」




*・゜゜・*:.。..。.:*・*:゜・*:.。. .。.:*・゜゜・**・゜゜・*:.。..。.:*・*:゜・*:.。


映画の主題歌は

コトリンゴの『悲しくてやりきれない』




やりきれない悲しさを歌うこの曲ですが、

「この限りない むなしさの 救いはないだろうか」

という歌詞の答えと救いを、どこかに感じさせてくれるような歌声です。

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コメント

この映画はたんなる反戦映画だと思って観なかったのですが、かなり深い内容があるようですね。ただ、映画館で観ると号泣というみっともない姿をさらけ出しそうで怖いので、先ずは本を読んでから(汗)
「悲しくてやりきれない」は50年近い昔に、フォーク・クルセダーズで知ったのですが、当時は反戦歌として多くの若者達が歌っていたと記憶しています。当時の私としては「悲しみから怒りへ、そして立ち上がれ」というイメージだったのですが、それがコトリンゴの歌のように変化しているので驚きました。ついでにYouTubeでいろんな歌手(坂本冬美や多部未華子なども含めて)聞きましたが、いろんな人がいろんな思いを込めて歌って、それを聞いている人もいろんな思いで聞いているんだなあと思いました。

投稿: オジンガーZeit | 2017年2月 3日 (金) 14時41分

オジンガーZeitさんnote
反戦映画や戦争映画が決して悪いわけではないのですが、
それぞれの理由から、それらを敬遠する方たちがいることは確かですよね。
だけど、この映画は、戦争の時代を背景に戦争そのものも描いていますが、
それらとはちょっと違った新しい物語のように感じました。
同じ「たたかい」でも、「人が生き抜くことの”闘い”と、その美しさと希望」
とでも言うのでしょうか・・・
やっぱり、うまく言葉にできませんが・・・
映画や物語、音楽など心に触れたものには結構涙もろい私ですが、
なぜか、この映画ではあまり涙は流れませんでした。
”泣く”こと以上に、心が動かされた何かがあったのかもしれません。
「悲しくてやりきれない」には、オリジナルがあると聞いていましたが、
フォーク・クルセダーズというグループの曲だったのですね。
彼らのことはまったく知らなかったので、今回ネットで聴いてみました。
同じ曲でも、さまざまに異なった表情を見せて、本当に興味深いものですね。


投稿: hanano | 2017年2月 4日 (土) 10時03分

hananoさん、こんばんは。

とても評判のいい、良質な映画のようですね。hananoさんの文書を読みながらも、そのタイトルの意味が分かる気がしました。「この世界の片隅に」・・・普通の人が普通に暮らすって実はとても難しいことだと考えています。人って、何か大切なものを失ってからでないと「普通」を発見できない愚かな存在ではないかと思えるのです。ただ多くの方は普通を考える以前に生き抜くことに精一杯でその生涯に幕を閉じるのではないでしょうか・・・しかしそれは決して無意味なことではなくて、とても大切な命を紡いでいると考えるのです。

私達の命は今を生きる何億人の中のたった1人ではなくて、1人1人が唯一無比の存在で、誰もその人以上にはなれないかけがえのない存在だと思うのです。

hananoさんの文章はとても美しいですね。
改めて普通に生きれたら幸せだなと考えてしまいました。

投稿: omoromachi | 2017年2月 4日 (土) 23時39分

omoromachiさんnote
こんにちは^^
同じ作者の漫画が原作となった『夕凪の街 桜の国』(こちらは実写です)も
公開された当時見に行ったことがあるのですが、私としては
『この世界の片隅に』の方が、比較にならないくらい良かったです。
口コミでもいろいろ反響が広がっているようですが、本当に素晴らしい作品でしたよ。

「大切なものを失ってからでないと「普通」を発見できない」
おっしゃるとおりだと思います。
日常の生活は、時に「大切なもの」を「あたりまえにそこにあるもの」にしてしまって、
この世界の「素晴らしい普通」を感じる心を麻痺させてしまいますよね。
けれど、改まって考えることがなくとも、日々を精一杯に生き抜くことは
美しいことだと私も思います。
子供のいない私ですが、遺伝子だけではない命を
未来へと繋いでいけたら・・・と思っています。
いつも心のこもった素敵なコメントを本当にありがとうございます。

投稿: hanano | 2017年2月 5日 (日) 10時19分

hananoさま、こんにちはhappy01

この作品、いろんなところから「いいよshine」という声が聞こえてきて、興味はずっと持っておりまして。
hananoさまの記事をよんで、さらに作品に触れたい思いが強くなりました。
映画を見たら原作も読みたくなりましょうか?
とはいえ、なかなか映画館に行けないので、TSUTAYAに並んでからになってしまうかもしれないけれど、見たいものリストpencilの上位に挙げておきたいと思います~heart04

投稿: イヌイカ | 2017年2月 5日 (日) 17時39分

イヌイカさんnote
こんばんは^^
この映画、公開前や直後はあまり大々的に宣伝されていなかった
ように思いますが(私が気付かなかっただけかな??)、
なんとなく気になって、見に行ってみました。
あまり予備知識もなく行ったのですが、これが本当にもう
大当たり!といった感じで・・・
公開後、見た人の口コミで評判が広がったとも聞いていますが、
きっとそれだけ心を動かされた人が多かったのでしょうね。
人に押し付けるようなことは日頃からあまり言いたくないんですけど、
この作品は「ぜひ見てもらいたい!」といった気持ちになります。
映画館へ足を運ぶ価値も十分あると思いますよwink
こうの史代さんの原作も、とても素晴らしいです。
実際、両方に触れてみて思うのですが(あくまで独断ですけど)、
このお話の場合は、映画を見てから原作を読んだ方がいいような気もします。
そして、その後もう一回映画を見ると、完璧・・かな?
(結構、手間と時間がかかりますけどねcoldsweats01

投稿: hanano | 2017年2月 5日 (日) 18時55分

この映画の話題はよく聞きますが、最近少々忙しくて、なかなか映画を見に行ける状況ではなく、どうしようか迷っていたのですが、hananoさんの文章を見て、この映画なら、それほど慌てて見に行かなくても、見逃すことはないと妙に安心できました。
hananoさんの文章を拝見した感じでは、自分の心の状況がどんな状態でも、それぞれにじっくり見られそうな(あるいはそれぞれの登場人物に感情移入できそうな)気がします。少し、落ち着いたら見に行きたいです。そしてできれば映画館で見たいですね。

投稿: Khaaw | 2017年2月 5日 (日) 23時39分

Khaawさんnote
こんばんは。
この映画の公開は去年の11月中旬でしたが、その後
上映館数が3倍以上に増えて、今も好評で上映され続けているようですね。
いつまで上映されるのかはわかりませんが、時間を作って
足を運ばれても、がっかりすることはないと思いますよ。
DVDにはなるでしょうけど、やはり映画館の方がいいですよね。
この映画の受け取り方は人それぞれだと思いますし、
私と違った感想を持つ方もいらっしゃることでしょうが、
多くの人にとって、心に残る何かは、きっとあるような気がします。
最近お忙しく過ごしていらっしゃるようですね。
くれぐれもご無理なさいませんよう、お身体大切になさってくださいね。

投稿: hanano | 2017年2月 6日 (月) 19時21分

hananoちゃん、こんばんは。

いつも心に響く投稿をありがとうございます。

映画館にはもう何年も足を運んでいませんが
今回の記事を拝読して、映画館に行ってみたくなりました。

素晴らしい映画のご紹介をありがとうございます。
きっと泣いちゃうかな。。。

投稿: snufkin♪ | 2017年2月 6日 (月) 22時21分

snufkin♪ちゃんnote
お久しぶりです!
コメントありがとう~
感じ方は人によって違うかもしれないけれど、
私としては、映画館に見に行って、大正解でした。
きっと、とても満足のいく映画だと思いますよ。
映画や物語、音楽など、心に響いたものには結構涙もろい私だけど、
なぜだか、この映画ではあまり涙は流れませんでした。
泣くこと以上に、心が動かされた何かがあったのかもしれませんね。
悲しいエピソードもあるけれど、最後には希望を感じられるようなお話です。

投稿: hanano | 2017年2月 7日 (火) 19時23分

hananoさんもおっしゃっていますが、人の暮らしというのは、社会の仕組みや生活スタイルなどが違っても、基本的に当時も今もそんなに違いがないのだと思います。軍国主義の時代にしても全ての人が戦争に両手を上げて賛成していたわけでもなく、その時代に折り合いをつけて多くの人が生きている。それは当時も現在も状況が違うにせよ、庶民の心情は同じだと私も思うのです。

玉音放送での、すずが感情を爆発させたのは、すずも社会の中で軍国主義の中で生きたからでしょう。私の祖父は終戦間際に戦死しました。玉音放送を聞いた祖父の妹は飾っていた皇室の写真を庭に投げ捨てたと言いう話を思い出しました。おそらく、同じような感情を多くの人が抱いたのでしょう。

戦争は、突然戦争に切り替わったのではなく、普通の暮らしの連続の中に、非日常である戦争がいつしか紛れ込み、その戦争の状態がやがて普通になってくる。その事実が怖いのです。私は、この映画を見終わったと、なかなか現実に戻ってこれませんでした。反戦映画ではないけれど、一つの教訓みたいな物を見るものに与えているのだと思いました。

でも、hananoさんの「生きる」「道」「居場所」というキーワードから見えてくる物語りも確かにあるなと、今、振り返ってみて思いました。
最後のシーンの孤児のエピソードが、すずが選ばなかった、得られなかった道とそして選んだ道を交差させているという見方もなるほど、そうかもしれないと思いました。

見る人毎に語りかけてくるものが違うというのも、名作の証拠だと思います。


この映画の私のブログ記事
http://kounsai.cocolog-nifty.com/bamboo_baskets/2017/01/post-1475.html

投稿: 幸雲 | 2017年2月 7日 (火) 23時45分

幸雲さんnote
本当に、おっしゃるとおりですね。
人の心や暮らしぶりというものは、時代が変わっても
根っこのところは変わらないものなんだなと感じます。
お祖父様の妹さんのお話からは、当時の人々の気持ちが鮮明に伝わってきます。
広島の平和記念資料館や8月6日の平和記念式典には何度も足を運びましたが、
私も祖父母にもう少し戦争中の話を聞いておけばよかったと、今になって思っています。

「普通の暮らしの連続の中に、非日常である戦争がいつしか紛れ込み、
その戦争の状態がやがて普通になってくる」という幸雲さんの言葉は
まったくその通りだと私も思います。
そして今の時代の危うさがとても怖く、不安に感じているところです。
そういう意味でも、この映画は確かに大切な教訓を
私たちに与えてくれているのでしょうね。

幸雲さんのブログの記事も、とても興味深く読ませていただきました。
そして、ああそうか、と気付かせてもらったり、共感したりすることも多かったです。
どうもありがとうございました。

投稿: hanano | 2017年2月 8日 (水) 19時30分

hananoさん、こんばんは happy01
この映画については、他のブロ友さんからも噂は聞いていました。
本当に素晴らしい映画のようですね。
私の母方の祖父が近衛兵として出兵し、戦死していますのでなおさら興味がわきます。
今は亡き祖母は、祖父が出征した時そして戦死したと知らされたとき、どんな思いだったのだろう?
聞いておけばよかったなぁ・・・。

主題歌の♪悲しくてやりきれない♪は、北山修さんや加藤和彦さん、あとは・・・はしだのりひこさんだったかな?・・・のフォークグループ、フォーク・クルセーダーズの名曲ですね。
♪戦争を知らない子供たち♪や♪あの素晴らしい愛をもう一度♪も彼らが歌ってたような・・・?(違うかもしれません← うろ覚えです)

投稿: 慕辺未行 | 2017年2月11日 (土) 23時49分

慕辺未行さんnote
こんばんは^^
この映画が公開されてからもう3か月になりますが、
評判はますます高まっているようですね。
多くの方がいい映画だと感じていらっしゃるのでしょうね。
慕辺未行さんのお祖父様のお話は、以前にも伺ったのを覚えています。
とてもご立派な姿の写真も残っていらっしゃるのですね。
今の時代に生きている私の想像では十分でないほど、
お祖母様の悲しみやご苦労は大変なものだったのでしょうね。
そうして生きた方々のおかげで、今があるのだと感じます。
「悲しくてやりきれない」のオリジナルがフォーク・クルセダーズという
グループの曲だったということは、他の方のコメントで知りました。
彼らのことを知らなかったので、ネットで聴いてみましたが、
同じ曲でも、また違った雰囲気で、とても興味深かったです。

投稿: hanano | 2017年2月12日 (日) 18時58分

おはようございます^^
記事はこれまで見ていたのですが、すっかりコメントしそびれてしまっていてcoldsweats01
hananoさんも、私も、ココでこうして場を共有する皆さんも、お互いの事を、どこかで心に留めてそれぞれの居場所で希望を持って生きている、そんなふうに、前向きに考えていました。

この映画、噂は聞いてて、主人公の声を「のん」さんがしていて興味はあったのです。いっそう見てみたくなりました。

いつも素敵な言葉をありがとうございます♪

投稿: ここは | 2017年2月18日 (土) 08時08分

ここはさんnote
しばらくの間、ココログにアクセスする機会がすっかり減っていて、
コメントのお返事もずいぶん遅くなってしまってごめんなさい!
『お互いの事を、どこかで心に留めてそれぞれの居場所で
希望を持って生きている』・・・
ここはさんの言葉はいつも本当に素敵です。
そう思う人たちが、私の心の中にもたくさんいることに
改めて気付きました。とっても幸せなことです。
ありがとう。

投稿: hanano | 2017年3月26日 (日) 14時58分

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