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2017年3月26日 (日)

梅と桜の話

早いもので、もう3月も残りわずかとなりました。

「月刊 Au Petit Matin」状態になっているこのブログですが、
みなさま、お元気でお過ごしですか。


前回の記事の頃は各地で雪が降っていましたが、
すっかり春の花だよりが聞こえてくる季節になりましたね。


私も先日、ちょっと遠出して、梅を見に行って来ました。


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梅の花には、桜とはまた違った高貴さや凛とした品があって、
馥郁とした澄んだ香りも、本当に魅力的ですね。

生け花の小原流では「梅は枝を生け、桜は花を生ける」と言うそうですが、
確かに、梅の木の見事な枝ぶりには、見惚れるような美しさと
なんともいえない風情がありました。


京都にいた頃、梅の季節にはいつも
北野天満宮の梅苑を訪れていました。


梅の香りに包まれた苑内を散策した後、「老松」の香煎茶と
軽くサクサクしたお菓子「菅紅梅」をいただくのが楽しみでした。
 

ここに祀られているのはご存知のとおり菅原道真ですが、
大宰府に左遷されることになった道真が京を発つ時、

 「東風(こち)吹かば 匂い起こせよ梅の花
  あるじなしとて 春な忘れそ」

  (春になって東風が吹くようになったら、その風に託して
   花の香りを(大宰府まで)届けておくれ、梅の花よ
   主人の私がいなくても、咲く春を忘れるな)

・・・と詠んだ有名な歌からは、失意の中にも、道真の、
梅の花とその香りを愛する思いが伝わってくるようです。


梅の花の後には、満開の桜が日本中を彩る
まさに春爛漫の季節がやってきますね。


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もう各地から、少しずつ桜の開花だよりが伝えられていますが、
みなさまのお住まいの地域はいかがでしょうか。


印象に残る桜・・・といえば、私にもいろいろありますが、
そのうちのひとつは、京都、祇園の桜。

白川沿いの夜桜です。


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細い白川の流れに沿った桜並木の花の色が夜の灯りに浮かんで、
水面にその姿を写した、花街の、どこか艶めかしい、
濃密な空気が漂う通り。


辰巳神社にほど近い、壁一面のガラス張りの窓から
白川の夜桜を望むバーのカウンターでは、
祇園で生まれ育った男友達と、
よく一緒にお酒を飲んだものでした。


はたちを過ぎて知り合ったのに、どこか幼馴染のような
遠慮のいらないその友達は、結構いい男で、いつも恋人は
いるのだけれど、なぜかなかなか結婚しない。

かと言って、本人としては、ずっと独身でいたいわけでも
決してないらしく・・・

そんな彼に、「ストライクゾーンが狭すぎんのとちがう?」などと
私も言いたいことを言って、時にははっぱをかけつつ、
お互いの恋愛や結婚のこと、仕事のこと、家族のこと・・・など、
あれやこれやと話をしながら、桜を眺めたりしたものでした。



心の内を素直に話せて、時には、お互いの恋人にも
打ち明けないような話をしたりもする、男女を超えた
親友みたいな関係だと、私たちは 信じ込んでいたけれど、

時折、“もし私に相手がいなかったとしたら・・・”と、たとえ話をする
彼が、私を「いい女」だと思っていることを私は知っていたし、
私にとっても、彼は客観的に見ても「いい男」で、やっぱりどこかで、
お互いに 「男と女」を意識していたような気がします。

今、この年になって思えば、ずっとずっと若かった私たちは、
何かの一歩が踏み出せなかっただけで、そして、その一歩を
やみくもに踏み出せないくらいには大人になっていて、きっと、
ただ、いろんなタイミングが少しずつ ずれていただけだったのでしょう。



年月が流れ、お互い、家族との別れや
それなりの人生のしんどさなどを 経験しながら、
年を重ねました。

人生の折り返し地点を過ぎようとしている私たちには、
それぞれに愛する大切な人がいて、きっともう「男と女」に
なることはないけれど、 重ねた人生の長い時間をゆるく
共有しつつ、お互いの年月や痛みに共感しながら、
やっと、本当の親友になれたのかもしれません。


今もやっぱり、言いたいことを言い合える感じは変わらずで、
最近では、彼のご贔屓の舞妓ちゃんの年を聞いて、
「おじさん、それ、犯罪やなぁ」などとからかったり・・・


こんな色気のない今の私達とは違って、祇園の桜は、
長い年月の間、いろいろな男女の艶めいた思いを
ずっと眺めてきたのでしょう。




そんな祇園を抜け、四条通の東端、八坂神社の奥にある
円山公園には、有名な枝垂れ桜の大木があります。

私自身はもう何年も見ていませんが、夜、ライトアップされた
その姿を見ると、どこかこの世のものとは 思えない
妖しい美しさを感じる・・・といわれるのも納得がいくような桜です。



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夜桜見物の宴会があちこちで開かれている公園は賑やかだけれど、
もし、暗闇の中、ここでたった一人だったら、と想像すると、
その美しさに、かえってぞっとするような気持ちになったり・・・


そんなふうに、桜の花には、死生観だけではなく、
どこか妖しい世界も感じさせる 何かがあるようです。

坂口安吾は私の好きな作家の一人で、
気に入った作品はたくさんありますが、桜の花と言えばやはり
『桜の森の満開の下』

桜の美しさと恐怖とその中の孤独が、
あれほどうまく描かれた 作品は、
私には他にあまり思いつくことができません。


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祇園の桜以外にも、京都の町にはいたる所に桜の名所がありますが、
私にとっては、高野から下鴨へと続く下鴨疎水沿いの 並木も、
結婚したばかりの春、夜桜を眺めつつ夫と歩いた
思い出深い通りのひとつです。




桜の花は、たとえ有名な場所でなくても、 思い出深い所が
人それぞれにあるのでは、と思います。

私達日本人にとって、遠い昔からどこか特別な存在だったのでしょう。
古来さまざまな和歌や俳句、 作品の中にも、桜の花は登場しています。



そんな桜のお話ですが、すっかり長くなってしまいそうなので、
今日はこの辺で・・・

桜の花が満開になった頃、またここへ来て
お話させていただきたいと思います。



それでは、みなさま、どうぞよい春の日を。

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