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2017年4月16日 (日)

今年の桜は開花が遅めで、ちょうど見頃の時期には
ぱっとしない空模様が続いた地方も多かったようですね。


私も、予定していたお花見が雨で中止になったりしましたが、
それでも、あちこちの出先で、そして家の近所で、
きれいな花を楽しむことができました。



晴れた日の、近所の桜の木。

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そして、こちらは、LUPICIA(ルピシア)の紅茶
「Sakura(サクラ)」

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この紅茶、4月から異動する予定だった職場の先輩から
「今までありがとう」と、3月末にいただいたものですが、
実は私も、お世話になった彼女に、お餞別として
缶入りのまったく同じ紅茶を渡そうと用意していました。


お互い手にした紙袋の中身を知って、びっくりしながらも、
同じお茶を交換しようとする滑稽さを笑いつつ、
「気が合うわね~」と微笑みあったものでした。


桜の葉がたっぷりブレンドされた甘い紅茶の香りを嗅ぐと、
思いやりのある明るい彼女の笑顔が浮かびます。



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そんな桜の花も満開を過ぎて、
花びらが風に舞い散る季節になりました。



桜、といえば、いつも心に浮かぶ歌や俳句がいくつかありますが、

そのひとつが、与謝野晶子の

  『清水へ 祗園をよぎる桜月夜 こよひ逢ふ人 みなうつくしき』


 “桜の朧月夜に、清水へ行こうと祇園をよぎる私には、
  行き逢う人々がみんな美しく見えた”
  ・・・という、晶子の浮き立った心が伝わってくるようなこの歌。


前回の記事にも少し書きましたが、私にとっても祇園の桜は思い出深いもので、
この歌を見ると、いつも、祇園の白川沿い、夜の闇にぼうっと浮かび上がる
薄いピンク色の桜並木が目に浮かびます。



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  『さまざまの 事おもひ出す 桜哉』

こちらは、松尾芭蕉が45歳の頃、伊賀上野の藤堂家を
訪れた際に詠んだといわれる句です。

かつて青年時代に仕えた藤堂新七郎家の庭で
満開の桜を眺める芭蕉の胸には、今は亡き主人の
さまざまな思い出が浮かんできたのでしょう。

とてもシンプルな表現だけど、人の心を的確に表した
感慨深い俳句です。


桜の季節とその花は、古来、多くの日本人にとって、
時間や空間を超えて、人生のいろいろな出来事や場面、
その時の感情を思い起こさせる、心のタイムマシンのようなもの
なのかもしれませんね。



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もう一つ、桜といえばいつも心に浮かんでくるのは
西行の詠んだ有名な歌

  『願はくは花の下にて春死なむ その如月の望月の頃』


「如月の望月」とは、2月15日、お釈迦様の命日の頃で、
今で言えば3月の末頃とか。釈迦入滅の日に亡くなることは
仏教の修行をする者にとって憧れだったとも聞きます。

満開の桜の下、その春の日の頃、逝きたい・・と願った西行は、
それから10年余り後の2月16日、その歌のとおり
あの世へと旅立ちました。


咲き誇る桜は生命力の象徴のように感じられる反面、
どこか死も連想させる存在なのでしょうか。

一面桜色の花びらが舞い散る中に自分の死を思い描いた
西行の心に、私は、いつも深く感じるものがあります。



死を考えるということは、生きるということ。

私が死ぬとすれば、いつ、どんな季節がいいだろう。

秋はどことなく物哀しいし、冬は寂しい気がする。
やっぱり、満開の桜の頃か、いや、子供の頃から
大好きだった、初夏の新緑の眩しい季節の方が・・・

なんて、心に思い描いたり・・・







満開の桜も、やがては散っていきます。

散る桜、といえば、私にとって最も印象深いのが
良寛禅師の辞世の句(諸説あるようですが)とも言われる

  『散る桜 残る桜も 散る桜』


満開に咲き誇る桜も、やがては等しく散っていくものだという
この句は、桜の花と死生観を結びつけた日本人の無常観の
象徴のようにも思われます。




とはいえ、桜の花が日本人の感性や精神へ及ぼす影響も、
時代と共に変化するものなのでしょう。



古来、万葉集などにも詠まれたのは主に山桜だったようですが、
そのイメージは、美しく可憐なもので、慈しみ、愛するものだったようです。



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それが近世の歌舞伎などの芸能において、切腹の場面の
演出などに使われるようになり、散る桜に死を重ねるようになったとか。


明治以降全国に広がった染井吉野は、特に、その花の短さゆえ、
潔く散っていく命に例えられたのでしょう。


戦争の時代には、本来の美とは離れ、軍国の花となりました。

第二次世界大戦末期の昭和20年5月、沖縄戦へ投入された
特攻隊「義烈空挺隊」隊長の奥山道郎は、弟への遺書の中で
この句を引用したといわれています。

さまざまな時代背景があったとはいえ、
桜の花が戦意高揚のために使われたり、
特攻の覚悟を潔しとする象徴のようにとらえられたのは、
私のように戦争を知らない世代にとっては、限りなく悲しく、
不幸なことであるように感じられてしまいます。




この国が少しずつ変わってきているような気がしたり、
ますます世界情勢が不穏になっていると感じられる昨今、

私たちにとって、桜の花がそのようなとらえられ方をする時代が
二度と来ないよう、そして、満開の美しい桜を平和な空の下で
楽しめる日々がずっと続くよう、

願わずにはいられません。






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桜の花の木の下で見つけた小さな花。

スズランでしょうか。

 

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