2016年6月19日 (日)

百年の家

数年前、書店の絵本コーナーで、たまたま見つけた本。


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何気なく手に取ってページをめくると気に入ってしまい、
さっそく買って帰った一冊でした。


2008年に国際アンデルセン賞画家賞を受賞した
ロベルト・インノチェンティの緻密で美しい絵と
詩人で作家のJ.パトリック・ルイスの文章が、
家と人が織りなす長い歳月の積み重ねを
静かに描いていきます。



物語の語り手は、1656年につくられたという
石造りの一軒の古い家。


1900年のある日、長い間森の中で廃屋となっていた古い家は、
キノコとクリを探しに来た子供たちに見つけられ、人びとによって
修理をされ、ふたたび人間たちの営みを見守るようになります。


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その「家」が、自分史を語るように、
1900年からの百年間の歳月を物語ってゆきます。


「家」のものがたりは20世紀の歴史です。


自然の中で人間が暮らし、果樹を育て、結婚し、やがて家族が増え、
また、家族を失い、遠い戦火に照らし出された時代を経て、
そして、家を去っていく・・・

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そんな年月の積み重ねと人々の暮らしを見守る家からは、
日々の積み重ねが歴史を作るということ、また、
人間が生きていくということ・・・を感じさせられます。


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1915年
 「緑に着飾った真夏を、花よめの介添人にして、
  丘のむすめは、じぶんで、じぶんの未来をえらんだ。」

1916年
 「丘の、春の光景は、みんなの心を明るくする。
  自然な表情がもどってくる。
  母と子が、復活祭の祝福を受けている。」

1918年(第一次世界大戦 終戦)
 「みんなが無邪気でいられた時間は、すてきだった。
  でも、短かった。」

1942年
 「破壊が、絶望が、憎悪が、犠牲者を追い立てる。
  丘のわたしを明るく照らしだす、遠くの戦火。」

1944年
 「千の太陽がきらめく戦争は、だれの戦争なのだろう?」

1967年
 「母親の柩を乗せた車が、わたしの前を通り過ぎてゆく。
  心をなくした家は、露のない花のようなものだ。」

1973年
 「いままでの暮らし方を継がない。それが新しい世代だ。
  だが、若さだけで、この家の古い石は、とりかえられない。」

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1999年
 「けれども、つねに、わたしは、わが身に感じている。
  なくなったものの本当の護り手は、日の光と、そして雨だ、と。」


ページの中で語られるさまざまな「家」の言葉が、
とても印象的な物語でした。


訳は詩人の長田弘さんです。

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2016年1月20日 (水)

古井戸に落ちたロバ

“Au Petit Matin”へ再びご訪問いただき、ありがとうございます。

今日は1冊の絵本のお話です。

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「古井戸に落ちたロバ」


シンプルな絵と言葉が綴られた30ページあまりの、
時間にしてほんの数分もあれば読めるような、
短い物語です。

表紙には「インディアンのティーチングストーリー」とあって、
アメリカンインディアンに古くから伝わる話を
絵本にしたものだそう。


最初のページには、「ティーチングストーリーとは、
生きることを、教えるはなし。」と書かれていますが、
この絵本は、よくある寓話やたとえ話のように、
ためになる教訓や、何かひとつの正しい答えを
教えてくれるものではないようです。

人によって、また、たとえ同じ人であっても、
読む時期やその時の状況によって、感じ方が違う、
その時の自分の心の有り様を映す鏡のような、
そんな物語だと感じました。


さて、前置きが長くなりましたが、
どんなお話なのかといいますと・・・

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ある時、年寄りのロバが、インディアンのじいさまに
連れられて荷物を運んでいたところ、誤って
使われていない古井戸に落ちてしまいました。

ロバが必死で這い上がろうとしても、
じいさまが何とか助けてやろうといっしょうけんめいに
考えても、古井戸はとても深く、どうにもなりません。


「たとえ大がかりなことをして助けても、
もう年寄りのロバは長くは働けない・・・
そして、古井戸をこのままにしておけば、
次に落ちるのは子どもたちかもしれない・・・」

そう考えたじいさまは、涙をのんで、
古井戸をロバごと埋めてしまうことに決めたのでした。

じいさまに頼まれた一族のものたちが井戸を埋め始めると、
穴の中からは、ロバの悲壮な鳴き声が響いてきます。

しばらくして、ロバの鳴き声が止み、古井戸が半分ほど
埋まった頃、じいさまは中を覗き込む決心をしました。


そして、古井戸の中を見たじいさまは驚きます。
なんと、ロバは井戸の中で生きていたのでした。


物語はここから、ロバの視点での描写が始まります。


古井戸に落ちた時、ロバは痛くて怖くてたまらず、
助けを求めて泣き続けました。

やがて、人の声が聞こえ、ホッとしたのもつかの間、
今度は突然、上から土が降ってきたのです。

ロバは泣きわめきながら暴れますが、そのうち疲れ果て、
暴れるのをやめた時、気づきました。

自分の体の上には、ほとんど土がつもっていないということに。

それから、ロバは、土が降りかかるたびに体を震わせて払い落とし、
足元のその土を踏み固め続け、少しずつ、少しずつ、
深い穴を登っていったのでした。


ロバが生きていることを知ったじいさまたちは、
夜通し古井戸に土を入れ続け、やがて、夜が明けるころ、
ロバは、やっと井戸から出ることができました。

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井戸から出たロバはそのままゆっくり歩きだし、
「一度も振り返ることはなかった」

・・・と、物語は締めくくられています。


この物語が言いたいこと、伝えたいことは、
きっと一つではありません。
どう解釈するべきか、何が正しいか、に正解はないのでしょう。


去って行ったロバ
その後姿を、黙って見送ったじいさま

それぞれの心の中はどんなふうだったのか・・・

そんなふうに思いをはせて、感じることや答えは、
自分で見つければよいのでしょう。


私のまわりでも、この物語から感じたことは本当に人さまざまで、
それぞれの感想を伝え合うのも、また興味深いものでした。

そしてそれは、「生きる」とはどういうことなのか、という問いへの
それぞれのヒントや答えのようなものなのかもしれません。


絵本の物語を言葉で書き記しただけでは、
あまりうまく伝わらないかもしれませんが、
みなさんはどのように感じられたでしょうか。

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