2017年10月15日 (日)

Roller coaster

雨の日曜日。


久しぶりに自宅でコーヒーを淹れて、
窓の外の雨粒を眺めながら
静かな朝を過ごしました。



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2017年の夏は、これまでの数年間と比べて
穏やかな時間が流れたような気がしていましたが、

どんな時間も、必ず変化していくものですね。




以前、アメリカの友人が何気なく口にした言葉を
今、改めて思い出しています。

「Life is a roller coaster.」

人生はローラーコースター(ジェットコースター)だと。




子供の頃、遊園地のジェットコースターは大好きで、
とてもエキサイティングだったけれど、

実際の人生での大きなアップダウンは、
衝撃や不安の連続で、時に気持ちを翻弄され、
なかなか大変なものだと痛感します。



「激動」や「波乱万丈」は他人の人生だからドラマティックなのであって、
その渦中の人間は、激しい荒波の中で浮き沈みするように、
苦しいものなのでしょう。


私も時に溺れそうになりながら、
なんとか波の中を泳いでいるような気持ちになります。



だけど、もし、ジェットコースターが「人生」だとしたら、
急に上がったり下がったり、激しく揺れたり回転したりしても、
やがては、静かに元の場所に戻ってくるはず。

ドキドキ、ワクワクした気持ちで出発した場所へ
必ずまた戻ってくるはずです。


実際のジェットコースターに乗る時だって、
スリルに悲鳴を上げながらも、再び安全に戻ってくると
信じているからこそ、楽しかったんだと・・・



そう思うと、“何かを信じて”、
その何かが何なのかよくわからないけれど、とにかく信じて、
限られた人生の時間、今のアップダウンを楽しんでみようか・・・と、

そんな気持ちになりました。





こちらも、友人がメッセージで送ってくれたもの。

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人生はローラーコースター。

叫び声を上げるのも、乗っていることを楽しむのも、
自分自身の選択。

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2017年4月16日 (日)

今年の桜は開花が遅めで、ちょうど見頃の時期には
ぱっとしない空模様が続いた地方も多かったようですね。


私も、予定していたお花見が雨で中止になったりしましたが、
それでも、あちこちの出先で、そして家の近所で、
きれいな花を楽しむことができました。



晴れた日の、近所の桜の木。

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そして、こちらは、LUPICIA(ルピシア)の紅茶
「Sakura(サクラ)」

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この紅茶、4月から異動する予定だった職場の先輩から
「今までありがとう」と、3月末にいただいたものですが、
実は私も、お世話になった彼女に、お餞別として
缶入りのまったく同じ紅茶を渡そうと用意していました。


お互い手にした紙袋の中身を知って、びっくりしながらも、
同じお茶を交換しようとする滑稽さを笑いつつ、
「気が合うわね~」と微笑みあったものでした。


桜の葉がたっぷりブレンドされた甘い紅茶の香りを嗅ぐと、
思いやりのある明るい彼女の笑顔が浮かびます。



*・゜゜・*:.。..。.:*・*:゜・*:.。. .。.:*・゜゜・**・゜゜・*:.。..。.:*・*:゜・*:.。


そんな桜の花も満開を過ぎて、
花びらが風に舞い散る季節になりました。



桜、といえば、いつも心に浮かぶ歌や俳句がいくつかありますが、

そのひとつが、与謝野晶子の

  『清水へ 祗園をよぎる桜月夜 こよひ逢ふ人 みなうつくしき』


 “桜の朧月夜に、清水へ行こうと祇園をよぎる私には、
  行き逢う人々がみんな美しく見えた”
  ・・・という、晶子の浮き立った心が伝わってくるようなこの歌。


前回の記事にも少し書きましたが、私にとっても祇園の桜は思い出深いもので、
この歌を見ると、いつも、祇園の白川沿い、夜の闇にぼうっと浮かび上がる
薄いピンク色の桜並木が目に浮かびます。



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  『さまざまの 事おもひ出す 桜哉』

こちらは、松尾芭蕉が45歳の頃、伊賀上野の藤堂家を
訪れた際に詠んだといわれる句です。

かつて青年時代に仕えた藤堂新七郎家の庭で
満開の桜を眺める芭蕉の胸には、今は亡き主人の
さまざまな思い出が浮かんできたのでしょう。

とてもシンプルな表現だけど、人の心を的確に表した
感慨深い俳句です。


桜の季節とその花は、古来、多くの日本人にとって、
時間や空間を超えて、人生のいろいろな出来事や場面、
その時の感情を思い起こさせる、心のタイムマシンのようなもの
なのかもしれませんね。



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もう一つ、桜といえばいつも心に浮かんでくるのは
西行の詠んだ有名な歌

  『願はくは花の下にて春死なむ その如月の望月の頃』


「如月の望月」とは、2月15日、お釈迦様の命日の頃で、
今で言えば3月の末頃とか。釈迦入滅の日に亡くなることは
仏教の修行をする者にとって憧れだったとも聞きます。

満開の桜の下、その春の日の頃、逝きたい・・と願った西行は、
それから10年余り後の2月16日、その歌のとおり
あの世へと旅立ちました。


咲き誇る桜は生命力の象徴のように感じられる反面、
どこか死も連想させる存在なのでしょうか。

一面桜色の花びらが舞い散る中に自分の死を思い描いた
西行の心に、私は、いつも深く感じるものがあります。



死を考えるということは、生きるということ。

私が死ぬとすれば、いつ、どんな季節がいいだろう。

秋はどことなく物哀しいし、冬は寂しい気がする。
やっぱり、満開の桜の頃か、いや、子供の頃から
大好きだった、初夏の新緑の眩しい季節の方が・・・

なんて、心に思い描いたり・・・







満開の桜も、やがては散っていきます。

散る桜、といえば、私にとって最も印象深いのが
良寛禅師の辞世の句(諸説あるようですが)とも言われる

  『散る桜 残る桜も 散る桜』


満開に咲き誇る桜も、やがては等しく散っていくものだという
この句は、桜の花と死生観を結びつけた日本人の無常観の
象徴のようにも思われます。




とはいえ、桜の花が日本人の感性や精神へ及ぼす影響も、
時代と共に変化するものなのでしょう。



古来、万葉集などにも詠まれたのは主に山桜だったようですが、
そのイメージは、美しく可憐なもので、慈しみ、愛するものだったようです。



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それが近世の歌舞伎などの芸能において、切腹の場面の
演出などに使われるようになり、散る桜に死を重ねるようになったとか。


明治以降全国に広がった染井吉野は、特に、その花の短さゆえ、
潔く散っていく命に例えられたのでしょう。


戦争の時代には、本来の美とは離れ、軍国の花となりました。

第二次世界大戦末期の昭和20年5月、沖縄戦へ投入された
特攻隊「義烈空挺隊」隊長の奥山道郎は、弟への遺書の中で
この句を引用したといわれています。

さまざまな時代背景があったとはいえ、
桜の花が戦意高揚のために使われたり、
特攻の覚悟を潔しとする象徴のようにとらえられたのは、
私のように戦争を知らない世代にとっては、限りなく悲しく、
不幸なことであるように感じられてしまいます。




この国が少しずつ変わってきているような気がしたり、
ますます世界情勢が不穏になっていると感じられる昨今、

私たちにとって、桜の花がそのようなとらえられ方をする時代が
二度と来ないよう、そして、満開の美しい桜を平和な空の下で
楽しめる日々がずっと続くよう、

願わずにはいられません。






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桜の花の木の下で見つけた小さな花。

スズランでしょうか。

 

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2017年3月26日 (日)

梅と桜の話

早いもので、もう3月も残りわずかとなりました。

「月刊 Au Petit Matin」状態になっているこのブログですが、
みなさま、お元気でお過ごしですか。


前回の記事の頃は各地で雪が降っていましたが、
すっかり春の花だよりが聞こえてくる季節になりましたね。


私も先日、ちょっと遠出して、梅を見に行って来ました。


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梅の花には、桜とはまた違った高貴さや凛とした品があって、
馥郁とした澄んだ香りも、本当に魅力的ですね。

生け花の小原流では「梅は枝を生け、桜は花を生ける」と言うそうですが、
確かに、梅の木の見事な枝ぶりには、見惚れるような美しさと
なんともいえない風情がありました。


京都にいた頃、梅の季節にはいつも
北野天満宮の梅苑を訪れていました。


梅の香りに包まれた苑内を散策した後、「老松」の香煎茶と
軽くサクサクしたお菓子「菅紅梅」をいただくのが楽しみでした。
 

ここに祀られているのはご存知のとおり菅原道真ですが、
大宰府に左遷されることになった道真が京を発つ時、

 「東風(こち)吹かば 匂い起こせよ梅の花
  あるじなしとて 春な忘れそ」

  (春になって東風が吹くようになったら、その風に託して
   花の香りを(大宰府まで)届けておくれ、梅の花よ
   主人の私がいなくても、咲く春を忘れるな)

・・・と詠んだ有名な歌からは、失意の中にも、道真の、
梅の花とその香りを愛する思いが伝わってくるようです。


梅の花の後には、満開の桜が日本中を彩る
まさに春爛漫の季節がやってきますね。


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もう各地から、少しずつ桜の開花だよりが伝えられていますが、
みなさまのお住まいの地域はいかがでしょうか。


印象に残る桜・・・といえば、私にもいろいろありますが、
そのうちのひとつは、京都、祇園の桜。

白川沿いの夜桜です。


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細い白川の流れに沿った桜並木の花の色が夜の灯りに浮かんで、
水面にその姿を写した、花街の、どこか艶めかしい、
濃密な空気が漂う通り。


辰巳神社にほど近い、壁一面のガラス張りの窓から
白川の夜桜を望むバーのカウンターでは、
祇園で生まれ育った男友達と、
よく一緒にお酒を飲んだものでした。


はたちを過ぎて知り合ったのに、どこか幼馴染のような
遠慮のいらないその友達は、結構いい男で、いつも恋人は
いるのだけれど、なぜかなかなか結婚しない。

かと言って、本人としては、ずっと独身でいたいわけでも
決してないらしく・・・

そんな彼に、「ストライクゾーンが狭すぎんのとちがう?」などと
私も言いたいことを言って、時にははっぱをかけつつ、
お互いの恋愛や結婚のこと、仕事のこと、家族のこと・・・など、
あれやこれやと話をしながら、桜を眺めたりしたものでした。



心の内を素直に話せて、時には、お互いの恋人にも
打ち明けないような話をしたりもする、男女を超えた
親友みたいな関係だと、私たちは 信じ込んでいたけれど、

時折、“もし私に相手がいなかったとしたら・・・”と、たとえ話をする
彼が、私を「いい女」だと思っていることを私は知っていたし、
私にとっても、彼は客観的に見ても「いい男」で、やっぱりどこかで、
お互いに 「男と女」を意識していたような気がします。

今、この年になって思えば、ずっとずっと若かった私たちは、
何かの一歩が踏み出せなかっただけで、そして、その一歩を
やみくもに踏み出せないくらいには大人になっていて、きっと、
ただ、いろんなタイミングが少しずつ ずれていただけだったのでしょう。



年月が流れ、お互い、家族との別れや
それなりの人生のしんどさなどを 経験しながら、
年を重ねました。

人生の折り返し地点を過ぎようとしている私たちには、
それぞれに愛する大切な人がいて、きっともう「男と女」に
なることはないけれど、 重ねた人生の長い時間をゆるく
共有しつつ、お互いの年月や痛みに共感しながら、
やっと、本当の親友になれたのかもしれません。


今もやっぱり、言いたいことを言い合える感じは変わらずで、
最近では、彼のご贔屓の舞妓ちゃんの年を聞いて、
「おじさん、それ、犯罪やなぁ」などとからかったり・・・


こんな色気のない今の私達とは違って、祇園の桜は、
長い年月の間、いろいろな男女の艶めいた思いを
ずっと眺めてきたのでしょう。




そんな祇園を抜け、四条通の東端、八坂神社の奥にある
円山公園には、有名な枝垂れ桜の大木があります。

私自身はもう何年も見ていませんが、夜、ライトアップされた
その姿を見ると、どこかこの世のものとは 思えない
妖しい美しさを感じる・・・といわれるのも納得がいくような桜です。



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夜桜見物の宴会があちこちで開かれている公園は賑やかだけれど、
もし、暗闇の中、ここでたった一人だったら、と想像すると、
その美しさに、かえってぞっとするような気持ちになったり・・・


そんなふうに、桜の花には、死生観だけではなく、
どこか妖しい世界も感じさせる 何かがあるようです。

坂口安吾は私の好きな作家の一人で、
気に入った作品はたくさんありますが、桜の花と言えばやはり
『桜の森の満開の下』

桜の美しさと恐怖とその中の孤独が、
あれほどうまく描かれた 作品は、
私には他にあまり思いつくことができません。


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祇園の桜以外にも、京都の町にはいたる所に桜の名所がありますが、
私にとっては、高野から下鴨へと続く下鴨疎水沿いの 並木も、
結婚したばかりの春、夜桜を眺めつつ夫と歩いた
思い出深い通りのひとつです。




桜の花は、たとえ有名な場所でなくても、 思い出深い所が
人それぞれにあるのでは、と思います。

私達日本人にとって、遠い昔からどこか特別な存在だったのでしょう。
古来さまざまな和歌や俳句、 作品の中にも、桜の花は登場しています。



そんな桜のお話ですが、すっかり長くなってしまいそうなので、
今日はこの辺で・・・

桜の花が満開になった頃、またここへ来て
お話させていただきたいと思います。



それでは、みなさま、どうぞよい春の日を。

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2016年11月16日 (水)

スーパームーン

昨日(14日)の晩は、68年ぶりに月が地球に最接近するという
スーパームーンでしたが、みなさまの地方では、
大きな月を眺めることはできましたか?


日本各地はあいにくの空模様のところが多かったようで、
観測できたのは一部の地域だったそうですね。

私の住む場所でも、夜空は厚い雲に覆われていて
残念ながら、明るい月の光は見えませんでした。


こんなスーパームーンが次に見られるのは18年後ということで、
今回は残念だったなぁ・・・と思っていたところ、

思いがけず、バンコクに住む友人から
スーパームーンの写真が送られてきました。


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仕事の帰り道、スマホで撮影したようなので、
あまりいい画質ではないけれど、

本当に大きなお月様!

私の空は雨が降っていたけれど、
彼女の空はこんなに晴れていたんだな・・・

日本とバンコクと、遠く離れているけれど、
同じ空を眺めているんだな・・・

そう思うと、ちょっと楽しく、あったかい気持ちになりました。



今夜ベランダから眺めた空はよく晴れていて、
昨日程ではないでしょうけれど、
明るくて大きな月が輝いていました。


月のきれいな夜、家でのんびりとお酒を飲みながら聴いたのは
テナー・サックスのバトル・セッション、
Bill Perkins と Richie Kamuca の『Tenors Head On』


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軽快な掛け合いが気持ちのいい演奏です。




それではみなさま、おやすみなさい。

いい夢を。



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2016年10月22日 (土)

ケイトウの花と風邪の気配

夏から秋にかけて花を咲かせる「鶏頭(ケイトウ)」

雄鶏のトサカのように見える花の形から
その名前がついたと言われています。


実は私、ケイトウの花は苦手です。

よく花屋さんで見かけるキャンドルタイプの円錐形のものはまだいいとして、
まさにニワトリのトサカそのもののような濃い赤のトサカケイトウは、
ちょっと気持ち悪い気がして好きになれませんでした。


・・・と、思っていたら、先日ピンク色のケイトウの花を
おすそ分けでいただきました。



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優しい色合いのピンクのケイトウ

小さなガラスの器に淡い色の草花と飾ると、
可愛らしい雰囲気になりました。

これなら、ちょっと好きになれそうです^^




ところで、ここしばらく、急に肌寒くなってきたな、と思ったら、
日中に少し暑く感じる日もあったりで、気温の変化が大きいですね。


数日前から夫が「喉が痛い」と言っていたのですが、
それが私にもうつったのか、一昨日くらいから、
熱もないし、仕事を休むほどではないけれど、
なんとなく、だるくてしんどい・・・



そんな感じで週末を迎えて、
お天気のパッとしない土曜日。

“風邪の気配”のうちにゆっくりと体を休めて、
本格的な風邪にならないように注意して、
また週明けからの忙しい日々にそなえよう・・・

と、今日は思い切って外出の予定をキャンセルして、
家で静かに過ごすことにしました。



風邪っぽいな・・・と感じた時、私はいつも
いくつかしていることがあるのですが、

まずは、水分とビタミンCをたっぷりとって、
濡れマスクをして、とにかく、ぐっすり寝る!


ビタミンCはサプリメントでも取りますが、それに加えて、
今朝は、小松菜とリンゴ、キウイ、バナナ、生姜に
マヌカハニーを少し加えたグリーンスムージーを飲みました。


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生姜は体を温めてくれるし、マヌカハニーの高い殺菌作用は
喉の痛みにも効くようです。

小松菜やほうれん草などの葉物野菜を使ったグリーンスムージーは人気ですが、
硝酸態窒素の危険があるとも言われているので、私は念のため、
いつもお酢を入れたお湯でさっと茹でてから使っています。


ミキサーに入れて数十秒で完成♪

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フルーツ多めのスムージーは、やっぱり飲みやすくて
おいしいですね。




そして、午後には、PCに向かいながら、
エキナセアのハーブティー。


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風邪の予防にいいと言われるエキナセアですが、
我が家ではサプリメントの他に、「生活の木」のエキナセアの
ハーブティーを常備薬のように大袋で買い置きしていて、
ちょっと風邪気味かな?・・・と思った時には必ず飲んでいます。

職場にも持って行っていますが、オレンジやシナモン、ジンジャーなどが
ミックスされたスパイシーで甘い香りで、飲むとポカポカ体が温まります。


そして、さらに、もうひと押し・・・という時には、ツムラの「葛根湯」

「葛根湯」の宣伝をするわけではありませんが、
体質なのかどうか、私にはこれがとても合うようです。



こんな感じの対策で、熱が出たり寝込んだりするような
本格的な風邪はめったに引かないのですが、
今回も軽い喉の痛み程度で終わりますように・・・



寒暖差のある季節の変わり目は風邪を引きやすいものですね。

みなさまもどうぞご自愛ください。

そして、「これは風邪対策に効く!」というアイディアがあれば
ぜひ教えてくださいね♪



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2016年7月 9日 (土)

SOL Y SOMBRA ソル・イ・ソンブラ

もうずいぶん昔、スペインのバルセロナかマドリッドだったか
忘れてしまったけれど、一度だけ、闘牛を見たことがありました。

スペインでの闘牛のシーズンは、3月半ばのバレンシアの火祭りから
10月のサラゴサのピラール祭までの春から秋にかけてだそう。

特に、真夏の強い日差しの下で繰り広げられる雄牛と闘牛士の
命懸けの舞台と場内の熱狂は、古典的なスペインのイメージでもありました。



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ピカソやゴヤが愛し、描いた闘牛は、
〝ARTE(芸術)〟であるとも言われます。

生死をかけた芸術的な闘牛士の技や表現と、
血を流し〝名誉ある死〟を迎える雄牛。

そんな闘牛に、ガルシア・ロルカやヘミングウェイ、ジャン・コクトーなど
多くの作家や詩人たちもまた、魅せられました。


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        ゴヤ 「ラ・タウロマキア(闘牛技)」


ただ、「生と死をかけて・・・」といっても、最後には雄牛は必ず倒され、
殺された牛の身体は、飾られた馬たちによって場外へと引かれて行きます。
(その後、食肉に加工されます)

たとえ雄牛が闘牛士を殺したとしても、最終的に牛は殺される運命にあり、
そういう意味では、闘牛とは『牛を死に至らしめる過程を見せる見世物』
とも言えるのかもしれません。


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             マネ 「闘牛」 



近年は、動物愛護団体からの批判が強まり、スペイン国営放送は
テレビでの実況中継を中止しました。
カタルーニャ州では、2012年から州内での闘牛が禁止されています。

〝残酷〟な方法で牛を殺し、闘牛士自身の生命にも危険を及ぼす闘牛を
動物愛護の観点から批判する感覚は、私たち日本人にも理解しやすい
ように思えます。

一方、擁護派は、「闘牛はスペインの歴史ある象徴的な文化であり
芸術であって、それを禁止することは文化を壊す行為だ」として
反対派を批判しているそうで、「闘牛の禁止は自由の制限を意味する」
とも主張しているようです。

「闘牛が嫌いなら、見なければいい」という排他的すぎる意見は別として、
「家畜をひどい環境で飼育して食用にするのはいいのか」という問いには
単純に答えることが難しいようにも感じます。

擁護派の人々は、「家畜は何の名誉もない死を迎えるが、
闘牛用の牛たちは名誉ある死を迎えている」と考えているとも聞きました。



そして、ふと思いました。

名誉ってなんだろうと。
闘牛で殺された牛たちは、その〝名誉〟を感じているのでしょうか。

また、食べ物を口にする時、よく私たちは、
「『いただきます』は、『命をいただきます』ということだから、
感謝して食べないといけない」・・・などと言うけれど、
もし私が動物だったら、「感謝なんかしてくれなくてもいいから、
食べないでくれ」と思うに違いないと。

けれど、ベジタリアンでもビーガンでもない私は、
日々、動物の命を〝楽しんで〟食べています。

結局は、名誉だとか、感謝だとかは、
人間の自己満足に過ぎないのでしょうか。




・・・・ちょっと、話が逸れました。


もちろん私にも、闘牛は単なる〝牛殺し〟ではなく、
一種の伝統的な様式美であって、スペイン人の美学や
深い精神性が秘められたものであろうことは想像できます。

生と死を扱う儀式的な行為と緊迫感の中から生まれる
芸術的な何かもきっとあるのでしょう。


ただ、私自身、実際に目の前で闘牛を見た時の率直な感想は、
想像していたような華麗で情熱的な舞台というよりも、
人間が牛を無残に痛めつけ、闘争心を無理に煽っているようで、
とても痛々しく、楽しむことも気持ちが乗ることもできませんでした。

たった一度の経験で断言することは難しいかもしれませんが、
少なくともその時、私には闘牛の「本質」は理解できなかったのでしょう。

海外での生活を送り、時にはそちらの方が快適に感じることが
あったとしても、やはり私は日本という国に生まれ育った日本人であって、
本当の意味でのスペイン人(の一部かもしれませんが)のメンタリティは
理解できないんだ・・・と、その時、強くそう感じました。


とはいえ、数年前の調査では、スペイン国民の半数以上が
「闘牛に無関心」もしくは「好きではない」と答えているそうで、
国内での闘牛人気は衰退しているようです。
その一方、52%の人が闘牛がスペインにあり続けることを望んでいる
とのことで、ここに、複雑な感情をくみ取れるような気がします。


また、カタルーニャ州での闘牛の禁止は、動物愛護の観点のみからではなく、
独自の言語と文化を持ち、スペインからの独立を願う同州が、
そのアイデンティティーを強調するため・・・という見方もあるようです。



「闘牛は命を残酷に奪うもの」という反対派と、
「独自の歴史や文化を守り尊重すべき」という擁護派、
はたしてどちらの意見が正しいのか、何が正しくて何が間違っているのか、
実は、私にはよくわかりません。

そしてそれは、立場や時代によって変わってくるものなのかもしれません。



私自身には残酷に感じられ、精神的に受け入れにくかった闘牛ですが、
ただひとつ、強く興味を惹かれたことがありました。


それは、闘牛が始まる時間。

闘牛の開始時刻は季節によって違い、日没のおよそ2時間前、
闘技場が、日向(SOL:ソル)と日陰(SOMABRA:ソンブラ)に
ちょうど二分される時間に始められます。

強い太陽の光が、円形の闘牛場を日向と日陰の二つに分ける時、
始められる生と死の舞台。

それは、あたかも、生と死、光と影、豊かさと貧しさ、成功と挫折、
希望と絶望など、相反するものの象徴のように感じられます。

ゲーテの言葉のとおり、「光が強ければ影もまた濃い」のでしょう。



スペインの作家、ホセ・ベルガミンは
「光(ソル)と影(ソンブラ)の間、
闘牛士(トレロ)と雄牛(トロ)の間には
名前のない神がいる」・・・と記しました。



神とはなんだろう。

相反するものの間には何があるのだろう。

そう思う出来事が世界のあちこちで起こっています。


人間の、世界の、人生の
光(ソル)と影(ソンブラ)の間には、何があるのでしょうか。
 

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2016年6月12日 (日)

日曜日の赤シソジュース

雨の降りそうな日曜日。

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ここしばらく慌ただしい毎日だったから、

今日は一日、のんびり過ごすことにしました。



買い物に行く途中に見かけた近所の紫陽花の色も
少しずつ濃くなっているよう。


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この季節、赤シソが出回り始めると
毎年ジュースを作ります。


今年もスーパーで見かけるようになったので、
さっそく買ってきました。


赤シソジュースの作り方は本当に簡単です。


茎から外した赤シソの葉っぱをよく洗って・・・

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沸騰したお湯(赤じそ200gにつき水1リットルの目安)で数分煮ます。 
時間は5,6分くらいかな?(私はいつも適当ですが・・・)

シソの葉から赤い色素が抜けて、緑色になってきます。

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お湯が赤くなってきたら、葉っぱをよく絞って取り出し、
いったん火からおろして、茶こしかペーパーなどで濾します。

煮汁は赤ワインのような濃い赤色。

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その後、再び鍋に戻して火にかけ、砂糖(500g)を加えて煮溶かします。

そこへクエン酸(12.5g)を加えると・・・

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鮮やかなルビー色に

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理科の実験みたいで、ここがいつも楽しいところです♪



できたジュースは、ビンに入れて冷蔵庫で保存。

水やソーダで3倍くらいに薄めて飲んだり、カクテルに使ったり、
かき氷にかけたり・・・といろいろ使えます。

甘酸っぱくて、さわやかで、とてもおいしいですよ。

赤シソには、アレルギーの予防や緩和効果、抗炎症作用、
殺菌作用などの他にも、精神を安定させたり、
胃腸の調子を整えたり、美肌や疲労回復・・・などなど、
いろいろな効能があるそうで、健康にもよさそうですね。



久しぶりの、ゆったりした時間。


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できたばかりの赤シソジュースを飲みながら、
ZAZの曲を聴きました。


ZAZ - Si jamais j'oublie - 「もし私が忘れるようなことがあったら」



みなさま、どうぞよい日曜の午後をお過ごしください。

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2016年6月 9日 (木)

雲の上

全国各地から、梅雨入りのニュースが伝わってきますね。

雨は大切な自然の恵みだとわかっていても、
どんよりしたお天気ばかりが続くと、ちょっと気分が晴れないものです。


梅雨空には重い雲が立ち込めて・・・

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それでも、時折、雨雲の間から、
晴れ間が顔をのぞかせたり・・・


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私は、小さな頃から、大きな駅だとか、港だとか、
そういった場所が好きでした。

どこか遠くへ行くための出発点
未知の世界への入り口

・・・そんな雰囲気を感じて、子供心にも
惹かれるものがあったのでしょう。


もちろん、当時、日常に大きな不満があったわけではないし、
現実から逃れたい何かがあったわけでもなくて、
それはそれで楽しく過ごしていたと思うのだけれど、

『ここではないどこか』への出発口というのは
なぜだか、とても魅力的でした。


今でも、空港の国際線の出発ロビーなどは、
とても好きな場所のひとつです。

旅好きな方は、きっと同じように感じられることも
あるのではないでしょうか。



そんな気持ちを感じながら旅立った後に訪れる、
もうひとつの好きな場所は、「雲の上」


家を出る時にどんなに雨が降っていても、
空港の建物の外がたとえ土砂降りだったとしても、
一度厚い雲を抜けてしまえば、信じられないような
真っ青な空が、いつも広がっています。



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私たちがいつも過ごしているのは、雲の下の世界。

そこでは、どんより曇ったり、雨が降ったり、
雪が降ったり、嵐になったりしています。

それでも、雲の上はいつも晴れ。
太陽だって、なくなるわけではありません。


今はこんなに土砂降りだけど、
雲の上は、いつだってまぶしいような快晴なんだ・・・

そう思うと、日常の煩わしいことや重い気持ちも
ちょっとだけ楽になる・・・

そんな場所があることを、
なんとなく、うれしく思います。

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2016年4月24日 (日)

EVERYONE HAS A STORY

数日前、友人からLINEでメッセージが届きました。

東南アジア出身で、大学時代からアメリカに10年あまり滞在していた
彼女とは、LINEを使って英語で日常のちょっとした連絡を取り合って
いるのですが、ある日のこと、仕事を終えて帰宅した私の携帯に
彼女からのこんなメッセージが表示されていました。


 A 24 year old boy seeing out from the train's window shouted.

 “
Dad, look the trees are going behind! They are moving very fast.”

 His dad simply stared at him and smiled.
 A young couple sitting nearby, looked at the 24 year old's childish
 behavior with pity.

 Suddenly he again exclaimed.
 “
Dad, look the clouds are running with us!”

 The couple couldn't resist and said to the old man.
 “
Why don't you take your son to a good doctor?”

 The old man smiled and said.
 “
I did and we are just coming from the hospital.
   My son was blind from birth, he just got his eyes today.”

 Every single person on the planet has a story.
 Don't judge people before you truly know them.
 The truth might surprise you...


「ちょっといい話だと思ったの。
雨が上がったから、そろそろオフィスを出て帰るわ。
またね」

メッセージの後には、そんな彼女の言葉が続いていました。


翌日、彼女に会った時にたずねたら、
あの話は、ノルウェイに住む友人から届いたもので、

「inspire」された気持ちを、私にもシェアしたかったとのこと。



ストーリーの内容もですが、そんな彼女の気持ちも、

ちょっと胸に響いた出来事でした。



・・・・蛇足かもしれませんが、
私の下手くそな訳も付け加えておきますね。


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  列車の窓から外を眺めていた24歳の青年が叫びました。
  「父さん、見て、木が後ろに行ってるよ!すごく速く動いてる」

  父親は、ただじっと彼を見つめて、微笑みました。  
  そばに座っていた若いカップルは、その24歳の青年の
  子供っぽいふるまいを、哀れみの目で見ていました。

  突然、彼が再び叫びました。
  「父さん、見て、雲が僕らと一緒に走ってる!」

  カップルは我慢できなくなって、年配の男性に言いました。
  「どうして息子さんを、いいお医者さんのところへ
   連れて行かないんですか?」

  年配の男性は微笑んで言いました。
  「行きましたよ。そして、我々は今ちょうど病院から戻るところなんです。
   私の息子は生まれた時から目が見えなくてね。
   今日、彼は見えるようになったばかりなんです」



  地球上の人間はみんな、それそれの物語を持っている。
  相手のことを本当に知る前に、人を判断しないで。
  真実はあなたを驚かせるかもしれない。

  

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新緑の季節になりました。

もうすぐ、GWですね♪


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2016年3月 8日 (火)

ミモザの日

先日、近所の花屋さんでミモザの花を見つけ、
さっそく買って帰りました。


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鮮やかな黄色のふわふわとした可愛らしいミモザの花は、
春の訪れを告げるようで、大好きです。


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(先の方はまだ固いつぼみ。これから咲きますね♪)


ところで、つい最近知ったのですが、
今日、3月8日は「ミモザの日」だそうですね。

3月8日といえば国際連合が定めた「国際女性デー」ですが、
それに関連して、近年は女性に感謝する日にもなっているようで、

イタリアでは、この日を「Festa della Donna(フェスタ・デラ・ドンナ/
女性のお祭り)」と呼んで、男性が、女性へ感謝をこめて、
この季節に咲くミモザの花を送るのだとか。

送る相手は、恋人や妻はもちろん、母親や祖母、友人、
同僚など、女性であれば誰でも・・・と、さまざま。

そんなことから、3月8日が「ミモザの日」と
呼ばれるようになったようです。


イタリアの隣、南フランスのプロヴァンス地方や
コートダジュールでも、ミモザは春を告げる花と
されていています。

南仏のボレム・デ・ミモザ(Bormes les Mimosas)という村から
地中海沿いの街を通って香水の街グラースに至る約130kmの道は、
ミモザ街道(Route du Mimosa)と呼ばれていて、早春の2月頃には
あちこちでミモザ祭り(Fête de Mimosa)が開催されます。


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ところで、花より団子・・・ではないけれど、

「ミモザ」の名のつく食べ物・飲み物といえば、
「ミモザサラダ」やカクテルの「ミモザ」が浮かびます。

細かく刻んだゆで卵を鮮やかな緑の葉っぱの上に散らした
サラダは、本当にミモザの花のようです。

シャンパンにフレッシュオレンジジュースを加えた
カクテルも、とてもおいしいですね。


せっかくのミモザの日だから(?)と、
シャンパンではないけれど、家にあったスパークリング
ワインとダブルマーコットで、ミモザを作りました。


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フレッシュで飲みやすくて、何杯でもいけそうです。
(飲み過ぎ注意・・・ ^^; )

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